市岡思い出数珠つなぎ

市岡思い出数珠つなぎ

想い出の市岡

想い出の市岡 01 市岡の椰子物語


編集製作:小掠勝先生(YouTube)

想い出の市岡 02 澪標園 市岡高校庭園


想い出の市岡 03 教材園の移り行き


想い出の市岡 04 市岡界隈の移り変わり


想い出の市岡 05 まなびや



想い出の市岡 06 中庭風景の変遷と四季(前編)


想い出の市岡 06 中庭風景の変遷と四季(後編)


“想い出の市岡” への2件のフィードバック

  1. 上高原 博 says:

    30期3-2のカミタカハラです。昔同窓会の案内か何かで、行方不明とされていて、しかも3組に移動させられていたかわいそうな、行方不明だったアイツです。

    今は三重県に住んでいます。こちらに来て24年が経とうとしています。あと6年したら還暦で、そうしたら大阪にもどるか、それとも三重県に残るか、それとも父母のふるさと鹿児島へ行くのか、たぶんないでしょうけど、妻の実家の岩手に行くのか、とにかく新しい人生があるのではないかと思っています。

    それで、1981年の6月に教育実習に行かせていただいて、その時にはもう中庭はなかったのかもしれませんが、いやひよっとして残っていましたっけ? とにかく実習生は正面のところに突き出た2階の会議室にいましたので、残ってたのかもしれません。あの時は余裕がなくて、写真とか撮れなくて、何だかもったいない気がします。あの中庭大好きでした。雨の日、風の日、いろいろに表情があって、3階からぼんやり眺めるには最高のお庭でした。

    あの中庭がなくなってから、もう市岡には自分たちの帰る場所はないと、半分あきらめていましたが、そんなことではいかんと今さらながら思いました。本当は姪っ子が受験で、後輩になってくれないかなと思ってもいたのですが、それは叶いそうにないので、とにかく思ったらすぐメールと思って、発作的にメールします。

  2. 上高原 博 says:

     折角だから、もう少し書いておきますね。30期で一番活躍しているのはそれはもう石田英司くんで、母などは実家に帰るたびに「イシダ出とるよ!」とか、「最近やせてきたよ!」とか、彼の近況を報告してくれます。私はその度に、すごいなあとか、いつも我々を市岡に引き戻してくれる求心力になってくれているなあと思ったりします。

     30期のたぶん6組だったと思うのですが、石窪輝幸くんという人がいました。彼は柔道部で、ちょっとオシャレで、ギターなんかも弾けたりして音楽活動はするし、夏に北海道の宗谷岬まで一人旅をして、そのスライドか何かを発表会を企画するなど、とてもアクティブな人でした。実は彼とは天王寺予備校でも在学中に一緒だったりして、不思議な縁がありました。もちろん彼の方が目立っているし、成績もよかったのではないかと思います。
     それがどういうわけか、2人とも1978年の春には山梨県のTB大学に入りました。自分はもがいてたから、もう一度1979年に共通一次を受けたりもしたのですが、結局2人とも山梨で4年間を過ごしました。私は勉強もしないで、奥さんを見つけただけでしたが、彼の山梨での4年間はどうだっのでしょう。1年遅れて吹奏楽部のM君も来てくれて、山梨で30期の3人はそれぞれに暮らしていました。
     私は大学を卒業してから大阪の教員採用試験を9回受けて9回落ち、山梨で見つけた岩手の女性と結婚して三重県に住むことになりました。市岡の卒業名簿を手に入れることができてふと彼の名前を探すと、彼が鬼籍に入っているではありませんか! それはもうドキッとしました。悲しくなりました。けれども、実感がなくて、なぜなんだろう。いつごろなんだろう。バイクか何かだったのだろうかと思ったものの、何もできませんでした。
     それが、つい最近になって、小田和正さんの「空が高すぎる……」という曲を耳にしていて、「あっ!」と思ったのです。そういえば、山梨時代に一度だけ彼の下宿に行ったことがあって、そこで彼がだれかから借りたレコードからカセットテープに録音しようとしていたのがオフコースの「眠れない夜」だった! と突然思い出したのです。それからは車で移動中だったのですが、突然30年前に戻った気がして、その彼はもうこの世にいないのだと思うと、それはそれは悲しくて、車の運転中にもかかわらず泣けてきたものでした。私が間の抜けた時間にとんでもないところで泣いたって何にもならないのです。でも、彼を偲びたくなって、つい最近オフコースのベストを買いました。「眠れない夜と雨の日には、忘れかけてた愛がよみがえーる」と一緒に歌うことにしました。相変わらずムダな動きばかりしてますが、近況報告と思い出話を書きました。今年はうちの父も亡くなり、妻の母も亡くなり、マンデラさんや川上さんもシマクラさんも亡くなられ、ボカッと風穴の空いた一年でした。みなさん、お元気ですか。来年はいい年になりますように!!!

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