12期の広場

12期の広場

HP委員としての抱負(8組 塩野憲次)

8組杉野クラスに在籍していました塩野憲次です。

1年2年は難波先生に担任していただきました。難波先生とはちょっとした葛藤があり、心晴れない日々を過ごしましたが、今にして思えば当時は親の心子知らずだったと反省しています。
クラブは歴史部に所属し、クラスよりもクラブの活動を楽しみました。夏休みの宿泊旅行、近郊の史跡へのバスツアー、文化祭の展示などの思い出があります。
写真は3年の秋の体育祭の仮装行列のスナップで最近みつかったものです。右に映るは 原清明君で、左が私ということですが自分の姿とはどうも思えません。すっかり忘れていたのですが、何か切腹するところがあってその時懐から赤い布切れを取出して血を流すシーンを演出したことを脈絡もなく思い出しました。
原君扮するは猿飛佐助なりと写真の裏にメモがあったこと、切腹シーン等から大坂城 落城の一幕だったのでしょうか。とすれば左の女装は千姫のつもり?いえどう見ても 腰元ですね。淀君や千姫はいったい誰が装ったのでしょう。
抱負を書くようにとのことでしたが、抱負を語るには余りに無知無経験に過ぎます。 出来ることは何でもやるつもりですが、手探りの状態です。
この12期の広場がどのようなもので、どのように活用されるのか、作業に参加しつつ 皆さまと同じ目線で見守っていきたいと思っています。
ところで委員が8組に偏りすぎています。どなたか代わってください。

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