「同窓生を訪ねて」  細胞再生医療のもう一人の旗手、辻紘一郎君

2018年03月01日(木)
7組   張 志朗
 
 1月23日から24日にかけて、8組の榎本進明君と一緒に、辻紘一郎君が社長をしている(株)ツーセルの本社(広島市南区比治山)を訪ねました。目的は、今なお現役、元気一杯にツーセルを牽引する辻社長の活躍ぶりと先端的再生医療分野で実績を重ねるツーセルの姿を目の当たりにすることです。
 昨年の東京12期会で、榎本君に広島行きの計画を話したら「旅行を兼ねて行ってみたい」と返事があり、すんなり決まりました。そして、大雪で交通混乱が起こっていた首都圏、横浜から例の腰痛対策用のコルセットを装着して来てくれました。
 榎本君は仕事で何回か広島に来たことがあるとの事ですが、私は30代に6年程住んだことがあります。広島市は中四国最大の都市で、都市機能と人々の生活とのバランスの妙があり、瀬戸内とそれにそそぐ川と山並みに囲まれた美しい街でもあります。なつかしさがこみ上げました。
 (株)ツーセルの本社は広島駅からタクシーで15分程度の市街地中心部にある、「広島産業文化センター」ビルの11階にありました。ここには本社機能と要の製剤化技術開発設備「gMSCセンター」(細胞培養を主にしている)があります。
 「市岡の自負を胸に」
 午後2時頃、ちょっとドキドキしながら訪問を告げて、社長室に案内されました。社長室は窓から瀬戸内や島が眺望でき、明るく、虚飾を排して実に機能的です。この日も膝軟骨再生細胞治療 製品の治験(患者さんを対象にした移植治療試験)が始まっているせいか、電話連絡や打ち合わせが多かったようで、活力にあふれていました。
 「忙しすぎて迷惑では」との思いがよぎりましたが、辻君の満面の笑みと「遠路はるばる御苦労様」の言葉に気分がほぐれ、いつもの「市岡のよしみ」です。彼はこの時間まで昼食もとれなかったようで、食事をしてもらいながら、再会を喜び、いろいろと話をしました。
 まずは、辻君の写真入りで印刷されたプロフィールを頂きました。1941年生まれの次に1960年大阪府立市岡高等学校卒業の文字が光っています。1964年信州大学農学部卒業後、中外製薬株式会社に入社、1985年東京大学で農学博士号を取得、「開発研究所実験動物・安全性センター長・メディカル事業部部長」を経て、2001年に退職、同年に科学技術振興機構(JST)のプレベンチャー事業「骨・軟骨再生療法チーム」サブリーダー、2003年に株式会社ツーセルを起業、社長に就任とあります。また、座右の銘は「自然流(じねんりゅう)で行こう」だそうで、「力まず」「はしゃがず」「嘆かず」「腐らず」「おごらず」とあります。同窓会で会うたびに感じていた辻君のかわらない明るさと元気、形にはまらない発想やチャレンジ精神が、座右の銘とダブってうれしくなります。
 会社規模について聞きました。広島には本社と「gMSCセンター」、出汐(でしお)オフイス/ラボがあり、東京の文京区に「東京オフイス」があるそうです。資本金は10億8250万円、従業員は50名です。
 起業16年目に入ったツーセルとはどんな会社なのかを知りたいと思って辻君を訪ねたのですが、これがなかなか難しい。ツーセルの資料によれば、「間葉系幹細胞をターゲットにした、研究・開発・上市(マーケティング)の一貫体制を持つ価値創造会社」とあります。まず「間葉系幹細胞(MSCと言います)」ですが、成体幹細胞の一つで、人の骨髄、脂肪、臍帯、滑膜(関節周囲にある組織)などに含まれています。この幹細胞が骨、軟骨、腱、脂肪、神経に分化する能力をもっているので、これを抽出し、培養すると同時に、それを再生医療に実用化するための研究や開発を行い、薬や治療法として医療現場に提供する会社と理解しました。したがって事業の内容は、多岐にわたっています。末尾注①をご覧ください。
 「優れものの“無血清培地”」
2階の製剤化技術開発設備「gMSCセンター」を案内していただきました。辻社長と彼のお嬢さんである黒田経営企画部部長代行にその説明を聞きました。この施設では、大阪大学から提供を受けた滑膜組織から、まず目的の間葉系幹細胞を抽出します。そしてそれを初代として培養し細胞の数を増やします。次にその幹細胞を継代としてさらに培養し、実用化のための人工的組織(gMSCⓇ1)にするツーセルの肝心要の設備、いわば幹細胞の工場です。ビルの一角に、壁・床・天井を二重に設け、電気設備や、エアコンをビルのそれとは独立した系統にした完全なクリーンルームだそうです。ここで活躍しているのが、無血清培地のSTKⓇ1、2、3。これはツーセルが研究開発し製品化した"すぐれもの”のひとつで、すでに「STKⓇシリーズ」として販売されています。STKは、本技術の発明者の頭文字だそうです。
 「gMSCセンター」は人の自然治癒力に全幅の信頼を置く辻社長の想いがつまった施設です。ここには第1培養室から第3培養室、そしてそれに関わる各種先端精密機器があります。私達が見学(ただし窓越し)できたのは第3培養室の一部のみでしたが、品質が安定していて、しかも元気がよく、安全でフレッシュな幹細胞をつくる意気込みが窓越しに伝わってきます。しばらくすれば、この施設がさらに大規模になり、将来の工場の心臓部として稼働することになるのかと思うと胸が躍ります。
 「“絵描き”のスピリット」
 夜、三人で食事をしました。広島駅の駅ビルにあって瀬戸内の美味しい魚介類を食べさせてくれる気さくな居酒屋です。老齢にあるとはいえ、「三人寄れば」何とか、いわんや成績はさておき、個性が際立つ市岡の同窓生。飲むのも食べるのも話すのも止まることがありません。細胞についてのトンチンカンな質問をしては、辻君を困らせたようですが、答えはよどみなく、研究と開発のプロフェツショナルならではの明快さでした。やはり楽しい話は高校時代の話、特に初めて聞いた美術部の話は印象深いものでした。授業を抜け出し部室で絵をかいていると、授業中の杉野先生が「これからが良い所、辻を呼んで来い」と山田正敏君が呼びに来た話には爆笑です。当時の美術部は日本の近代絵画の革命児と言われた小出楢重を大先輩にもつ自負があふれていて、大阪の府立高校の中にあっても高いレベルだったそうです。後に陶芸家になった徳本正孝君、デザイン画の才能が光っていた加藤訓子さん、なつかしい名前が出てきました。恩師で強い影響を受けたのも先頃亡くなられた、美術部顧問の梶野先生だそうです。3年次の担任でもあった数学の杉野先生、生物の水野先生はじめ多くの恩師のお名前も出ました。
 彼は、今も時間を見つけては絵を描いています。彼にとっては絵を描くことが、リフレッシュすること、自分を見つめること、思索すること、そして、今日に続く創意とエネルギーを生み出すことなのかも知れません。社長室の窓から見える安芸の宮島の弥山(みせん)や春、桜でピンクに染まる黄金山は、それを刺激してやまないようです。
 翌日、彼の描いた絵がたくさん飾られている社長室でインタビューもどきの話が続きました。
 辻君が最初に話してくれたのが「常識」をこえる事です。幾つかの例をあげながら話してくれましたが、普通定年を迎える60才を越えて仕事をやめるのではなく、新規事業の起業に身を投じ、その社長を15年にわたり務めている事に始まり、東京ではなく、中四国第1の都市とはいえ、地方都市である広島で先端的なバイオベンチャーを牽引している事や、ツーセルの研究・開発でも多くの特許や周辺技術をユニークに組み合わせて相乗効果を引き出している事など、その説得力は抜群です。
 バイオベンチャーにおいて資金提供をうけることは、事業成否の決め手になり、現実に多くのベンチャーが挫折しています。また市場規模が莫大なゲノム創薬にかかわる分野だけに経済的・社会的・倫理的問題をはらみがちです。それらについて辻君の立ち位置は、驚くほど原則的で、コンプライアンス遵守です。
 昨年5月、大塚製薬がツーセルの第三者割当による募集株式を引き受け、再生医療について連携する契約を結びました。辻社長は3億円の資金調達と新分野の中枢神経疾患領域への研究と実用化の加速もさることながら、「何よりもツーセルの社会的信用が大きくなった」と笑っていました。
 「実用化にあと一歩」
 2016年4月にライセンス契約を結んでいる中外製薬(ライセンスとロイヤリティで60数億との報道もある)と、昨年11月に膝軟骨再生細胞治療製品(gMSCⓇ1)の第Ⅲ相比較臨床試験(治験)の第一例目手術実施が発表されました。この治験は、70床例を目標にしているそうです。第Ⅲ相(フエーズ3、とも言われる)治験はもっとも厳しい内容。調べてみるとここに至るのには、最低10年の歳月と莫大な資金が必要です。それを質問すると「私達は15年をかけてここまできています」と、胸をはっています。臨床試験を終えて、医療現場に提供されるのは早くて2年先。それも世界初と言われる革新的な他家での膝軟骨再生治療製品です。その間、いくつものハードルを克服し、ツーセルが作る「gMSCⓇ1」(同種他家移植用の再生医療細胞製品)の安全性と有効性を確立していかなくてはなりません。辻社長を訪ねている間にもそれに関する連絡・協議と思われるものがいくつかあったようです。辻君の対応は、気持ちが良いほど明快で、自信にあふれるものでした。
 ツーセル資料に「私たちツーセルでは社員一人ひとりをジャックと呼んでいます。」とあります。童話「ジャックと豆の木」のジャックの冒険に重ねあわせてのことです。ホームページにも「発見伝-みんなのアンテナ」(社員の気づきを各自が書いたもの)と言う読物がありますが、それからも社内のチャレンジャーらしい自由な発想をうかがえます。
 信頼に値する「ジャックの仲間達」の先頭にたっているのが、辻紘一郎君なのです。
 MSC(間葉系幹細胞)は骨・軟骨への分化だけではなく、神経や腎臓、膵臓にも分化する細胞であることが分かっていますが、すでにツーセルは大塚製薬と連携するなど、脳梗塞などの中枢神経領域への実用化へと歩み始めています。
 12時前、辻君との話は時間切れになりました。12時半頃の新幹線で東京出張、この日も昼食はバタバタと、車中の駅弁になったようです。榎本君も新横浜まで同行しました。
 「見果てぬ夢」
 二日間、彼からたくさんの話を聞き、柄にもなく、人の病や人体の神秘、特に幹細胞と再生医療について考え、教えててもらいました。辻君は、病に向き合う時、「根治療法は無いのか?」と思い、「細胞を使った再生医療の可能性に興奮した」そうです。大学、中外製薬で研究・開発に携わっていただけに、その興奮は"運命(さだめ)”と思うほど押さえがたいものであったでしょう。人体は数十兆と言われる細胞の精緻な調和と働きにより生をつなぎます。そして、それは生命の深淵と見果てぬ夢-難病の根治治療の可能性を示しています。
 彼も今年が喜寿。すでに人生の第四コーナーを回った、同じ市岡12期のあの辻君です。しかし今なお、夢の真っただ中、辻紘一郎君は、細胞再生医療のもう一人の旗手であり続けていると言えるのではないでしょうか。
                 
注① ツーセルの業務内容
 1) 医療用の遺伝子や細胞、試薬や医薬品、材料などの販売 2) 医療機器、医療器具の開発・研究とその販売 3) 遺伝子と細胞の診断法や培養法に関する研究開発と装置の製造および販売4) 再生医療に関するシステムの開発・販売
post by 12期HP編集委員

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