「 同窓会33年に寄せて ④ 」

2018年11月01日(木)
4組     酒井 八郎
  (12期同窓会代表幹事) 
 
 12期の皆さん、7月の西日本豪雨に大阪北部地震、今夏の酷暑、さらに9月の北海道地震に、連続して日本を襲った猛烈な台風など、天変地異に振り回されたこの数か月ですが、異変を乗り越えて無事お過ごしでしょうか。
 10月28日に開催された大阪での最後の12期同窓会は、前回を上回る77人のご参加と、恩師、福井金治先生ご夫妻をお迎えして、無事終了することができました。ありがとうございました。  
 
たくさんの恩師の先生方がご臨席下さいました。
(1985年11月の第1回同窓会)
各クラスの幹事さん、クラスメイトのお誘いがあって、更に、奥様、ご主人、ご家族の皆さんの応援があって、33年間の長きにわたり同窓会を続けることができました。心から感謝申し上げます。
 特に今回は、出欠返信葉書の中に体調不良を記載されておられる方が多く、毎回参加されていた方が「残念ながら、今回は・・・」とそれを欠席の理由に挙げられ「皆さんにどうぞよろしく!!」と添えられてありました。ああそういう齢になったのだといまさらながらに実感しております。
 市岡高校を卒業して25年が経った昭和60年(1985年)、森君から「八チャン、同窓会をやろうや!」と声を掛けられたのが、12期同窓会の始まりでした。
 東急イン梅田に100名を越える同窓生が集まり、玉田先生から「100名を越える同窓会ができるとは、12期みんなが、仲が良かった証しだ!」とうれしいお言葉をいただきました。 
 
中央が筆者の酒井君。25年ぶりの再会に、皆さん笑顔で嬉
しそうですね。(1985年11月の第1回同窓会)
それから5年毎の開催が続き、還暦を迎えてからは、2年毎に開催されてきました。恩師の先生方のご臨席と全国からたくさんの同窓生のご参加を得て、毎回大いに盛り上がりました。
 市岡高校が創立100周年記念を迎えた時には、舞洲の市岡の森に桜を記念植樹し、私たちが母校を卒業して50年の節目には、第62回卒業式に44名が招かれ、初めて春に卒業50周年記念同窓会を開きました。そして南校門前にはつばきを、市岡の森にはさくらを植樹し、記念文集「みをつくし」を発行しました。 
 また東京でも12期の同窓会を開こうと動きだし、すでに8回、大阪での開催の翌年に開催され、大阪からも毎回数名が参加しております。
 これまで、すでに鬼籍に入ってしまった幹事の中井君、門田さん、そして毎回みんなの写真を撮り続けくれた川西君をはじめ、幹事全員が心を一つに協力しあって、運営を続けることができました。
 4年前の同窓会では、高校1年の時の夏休みの宿題の読書感想文を、北村先生から参加者に手渡し返却して下さいましたが、思えばこれが先生からのお別れのメッセージとなりました。
 いつなにがあってもおかしくない年令の12期生ですが、これからも健康に留意いただき、
母校が春の選抜に出場した時、応援に駆け付けた12期の皆
さん。12期の標識を持って集合中です。  (1995年3月)
市岡の絆を胸に若々しい心と元気をもって、お過ごしくださるようお祈りいたします。
 大阪での12期同窓会は終わりますが、3月の第1日曜日の母校での「豚汁会」、4月第2日曜日の舞洲市岡の森のお花見会、6月の全体同窓会の総会などと、誰もが参加できる集いが開催されますので、声をかけ合って参加し、これからも12期生のつながりを保っていきたいと思っています。 
 これまで長い年月、ご参加いただいた方はもちろん、いろいろな事情で参加できず、「みなさんによろしく」と返信をくださった同窓生の皆さん、ありがとうございました。
 そして一緒に12期同窓会幹事会のメンバーとして共に活動を続けていただいた各クラス幹事の皆さんに心から感謝申しあげます。
post by 12期HP編集委員

コメントをどうぞ

※スパム対策のためURLを含むコメントは一旦公開が保留となり、管理者が確認後に表示されます。