12期の広場

12期の広場

お正月、ごく普通です

7組 田中 健治(大牟田市)

 お正月行事で、九州と大阪近辺で風習になっている『三社参り』で福岡県の有名な筥崎八幡宮-宮地嶽神社-太宰府天満宮のコ-スを一例に、紹介します。

 筥崎八幡宮は福岡市東区箱崎の箱崎海岸に近くにあり、応神天皇を主祭神とし、神功皇后と玉依姫命を配祀しています。本殿、拝殿は921年藤原真材により創建されました。神門に「敵国降伏」の扁額がありますが、これは元寇の際に亀山上皇が掲げられたもので、蒙古軍を撃退したとされる「神風」は、その「神徳」とされており、以来、海上交通、海外防護の神として信仰されています。

 お正月神事としては、12月31日の「大祓式」、「なまこ餅つき」に始まり、正月3日の「玉取祭」、11日の「聖一国師報賽式」が有名。神社前では「梅が枝餅」「回転饅頭」などが販売されています。


 次ぎに宮地嶽神社ですが、博多の北約15kmの福津市にあります。神功皇后を主祭神とし、勝村大神、勝依大神を配しています。約1600年前神功皇后が「三韓征伐」の前にこの地に滞在し、宮地岳の頂きに祭壇を設け祈願して船出したのが始まりとされています。開運商売繁盛の神社として有名で、すぐ近くの宗像大社とならんでたくさんの参拝者が訪れます。拝殿に日本一といわれる巨大注連縄(しめなわ)があること、大太鼓や大鈴があることでも有名です。12月31日に「大祓式」、「鎮火祭」、「除夜祭」、元旦は「歳旦祭」、続いての「玉替祭」、「開運宮祭」が行われます。出店ではまねき猫やダルマなどのいわゆる“開運グッズ”と「松ヶ枝餅」を売っています。


 太宰府天満宮、これは皆さんよくご存知と思いますが、博多から南東約17kmの太宰府市に位置します。学問の神様と言われる菅原道真公を祭神として祀っています。

 右大臣であった藤原道真公は筑前国の太宰府に権師として左遷され、延喜3年(903年)にこの地で死去します。その後、後醍醐天皇の勅を奉じた左大臣藤原忠平が太宰府を下向、道真の墓所の上に社殿を造営したのが919年、安楽寺天満宮の創祀となっています。戦後、その社号が太宰府天満宮になり、現在に至っています。(ここは北九州旅行のコ-スになっており、皆さんの中には訪れたかたも多いと思います。)


 除夜の鐘は大晦日恒例のテレビ放送で有名で、神事としては1月7日の「鬼すべく」「鶯替え」などがあります。名物ですが、筥崎宮の「松ヶ枝餅」、宮地嶽宮の「梅が枝餅」とくれば次は「竹」(松竹梅つながりから)となるのですが、太宰府天満宮はやはり軒を連ねての絶品-「梅が枝餅」です。(以上簡単に書きましたが、これらはインタ-ネットの「ウィキペディア」から引用させて頂きました。)


 さて私の正月ですが、ごく普通です。私は現在大牟田市(三池炭坑で有名)に在住していますが、大晦日の「HNK紅白歌合戦」を見る事から始まって、「年越しそば」を食べ、除夜の鐘を聞き、各地の迎春風景をこれまたテレビで見る。そしていつしか寝入ってしまうという、平凡を地でいくものです。

 めずらしい事と言えば、隣接県である熊本県の県境にある総合遊園地「グリ-ンランド」での新年恒例の「大花火大会」に時折出かける事です。これは一見の価値があり、かなりの見物客がでます。見るのは良いのですが、帰宅が大変で、道路や交通機関が大混雑、車も何も走ることが出来ず、家までの約5㎞を歩いて帰らねばなりません。しかしそれはそれで、正月気分と大花火で昂揚した気持ちでわいわいがやがや、多くの人達と一緒に歩く訳ですから、それなりに気持ちが良いウォ-キングになります。

 元旦は「おせち料理」に「お雑煮」です。こちらの「お雑煮」は丸餅を使ったすまし汁で、関西とそう違わないもののように思っています。私はお餅と干し柿が昔からの大好物で、それを堪能しながらのんびり、ゆったりと元日を過ごします。その後は皆さんとおなじように親戚廻りですが、最近はその行き先も徐々に減り、楽になったと言うか、寂しくなったというか、そんな所がまあ言えば私の正月風景でしょう。

 先に『三社参り』を紹介しましたが、これもその距離と混雑が大変です。車がなければ難渋しますし、車で行けば渋滞、渋滞で、大晦日から元旦の一日仕事になるようです。


 私の家からは太宰府の天満宮がもっとも近いのですが、それでも電車で半時間以上は掛かります。

平成14年10月19日 同窓会生と談笑する山元君

子供の就学時には「合格祈願」をはじめ、学業の神様 として「絵馬」を買い、願い事を書き、奉納した思い出があります。また山元賢治君がなくなった後、その弔問に訪れた同窓生の張君、別宮君、平松君、段中さ んと待ち合わせをしたのもこの神社です。何十年も会っていなかったので初めは緊張しましたが、幸い皆さんの顔をハッキリ覚えていて、大変嬉しかった事を思 い出します。

 太宰府天満宮には現在でも折にふれ、参拝することがありますが、新年の初詣には必ず行くという訳ではありません。

 この原稿を書くために、少し調べてみました。やはり九州は歴史の深い地域で、これを機会にぼちぼち歴史探訪などをやってみようかなどと思ったりしています。

 大牟田に住んでもう47年です。いまでは大阪弁が消えかかり、かわって、九州弁が板についたと言われます。

 家内の親戚を初め、地域の方々とも深い縁を結び、また親しく過ごしながら地域のお手伝いや「小学生の見守り隊」をし、元気に生活しております。



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