12期の広場

12期の広場

吾輩は猫である

山元 賢治

 吾輩は猫である。名前はピー公。例の三毛と違って立派な名前である。色は黒。現在生まれて二ヶ月である。しかし自分としてはもう一人前、いや一匹前だと思っている。

 我々の大先輩である三毛殿はものの本で読んだ所によると、井戸にはまって死んだそうであるが、吾輩はそんな死に方はしたくない。もう死ぬ時期が来たら(あくまでもしであって現在の吾輩には毛頭死ぬ気などない)吾輩は絹の布団を五・六枚重ねた上に寝て、人間共の手厚い看護を受け、その甲斐もなく大往生を遂げる。この様な死に方なら吾輩も満足だし、又そうなりたい。

 ここで吾輩の飼主の家族を紹介しておこう。

 先ず主人であるがこの人は非常に怒りっぽく、吾輩が膝の上にあがる時には必ず顔色を見てから上がることにしている。商売は自動車のパーツ屋。個人商店としては相当羽振りも良いらしい。次に奥さん。奥さんは直接吾輩を引き取って世話をしてくれるのであって非常に吾輩を可愛がってくれる。つづいて主人の令息。つまり奥さんの息子でもある。この息子とくると、吾輩を可愛がってくれているのか、いじめているのか、皆目判らない。吾輩の最も苦手な人である。吾輩は息子が来るとなるべく敬遠して逃げようと試みるがいつも捕まってしまう。捕まったら最後尻尾を掴まれ逆さまにつるし上げをくらひ其の上二・三回ふり回わされ、あげくの果てには畳にぶちつけられる。こんな事を四・五回続けられるのであるからたまらない。腰がふらふらしてうまく立てない。この息子が吾輩をいじめている時、奥さんは止めてくれるのであるが、何と云っても相手が余りに若すぎるので仕方がない。(まだ五才六ヶ月)

 吾輩がふらふらになったのを奥さんが見て、まるでフラ・フープをしている様だと云う。フラ・フープと云うのは今流行の腰で輪を回す運動で血液の循環が良くなり、スタイルが良くなるそうである。それはオーストリアで発生し大流行となり、アメリカ、ヨーロッパに渡り次いで日本に渡って来たのであるが、その間が約三ヶ月位であって流感が万延した以上だとある新聞に書いてあった。この腰を振るフラ・フープなるものは、猫がふらふらにされた時腰を振りながらプー・プーと怒るスタイルに良く似ているのでこう云う所からそんな名前が生まれて来たんだろうと吾輩は思う。

 息子に対しては人権ならぬ猫権を認めてもらう事にして、家族の紹介を続けよう。

 吾輩の最も好きな人は、主人の経営する店に勤めている店員さんである。名前は黒谷信貴(クロタニノブキと読む)、吾輩のつけたあだ名は『ニラミ』である。と云うのは、ニラミ(これからこう呼ぶ事にする)はひどい近眼で人の顔を見る時ニラミつける様に見るからである。吾輩は夜寝る時はいつもニラミの布団に厄介になる。

 人間に属する家族は以上で、犬君が一匹いる。名前はミッキー。今流行(はやり)のロカビリー歌手と同じ名前である。吾輩の思う所では犬のミッキーの方が男前である。その他に小鳥が六匹いる。小鳥の世話は主人がする。貰ってきたのは奥さんだ。奥さんは何でも貰って来るのが専門らしい。これなら乞食をすれば儲かるだろう。小鳥は吾輩が捕るかもしれないと云うので、主人の提案で吾輩の背の届かない所に置かれた。と云うのは一度吾輩より前に猫に襲われた事があるのでその為一匹は片目になっている。しかし吾輩は捕る気など無いのにこう云う事をされると猫権を侵害された様な気がするので、機会があったらこの仕返しに一度襲ってやろうと虎視眈々と狙っていたら、つい或る日のこと待望の機会がやって来た。

 主人が小鳥の籠を廊下に置いたまま便所に立ったのである。『チャンス』!吾輩はとっさに周りを見回した。誰もいない。今だ。吾輩は兎を捕まえた獅子の様に悠々と相手を威嚇しながら鳥籠に近づいた。ところが困った。鳥籠の中に手が入らないのである。「畜生折角の機会を!」と思った。吾輩は強引に手を差し入れた。「入った」!!右の手が三分の二程入ったので、一番大きい片目を狙ったが反対側に逃げられてしまった。しからば向う側から追ってやろうと手を抜こうとしたが、抜けない。入れる時少し無理をし過ぎたかなと思ったがその時はもう遅い。仕方がないので左の手を籠にあてがって(自分ではそうしたと思っている)右手を引っ張って見たが駄目だ。その中(うち)鳥の方も吾輩の手がそれ以上動かないと分かったのか、盛んに口ばしで手をつつく。それが実に痛い。何と云っても吾輩は未だ生まれて二ヶ月経ったばかりの小供である。力はもう使い果たして手は痛くても抜けないし、辺りに誰もいないのでいささか心細くなり、早く誰か来てくれないかなと思ったが誰も来ない。そのうち心細さは増すばかりなのでもう見栄えも外聞もなく、思い切り鳴いた。叱られる事など全然考えていない。鳴くと同時に最後の力を振りしぼり、力一杯手を引いた。その勢いで籠は倒れ吾輩は籠の下敷きとなってしまった。

原稿に添えられていた当時の挿し絵です。誰が描いたのでしょうか雰囲気だけはありますね。

 丁度その時誰かがやって来た。主人だ。「しまった」!!と思ったがもう遅い。吾輩はその時もう手が抜けてしまっていたのに気が付いたが、もう首っ玉をつかまれ、つるし上げられていた。もう駄目だ。只では済まないだろう。吾輩は観念した。片目の野郎どんな顔をしてやがるだろうと籠を見ると片目の奴はさも「ざまを見やがれ」と云わんばかりにさえずっていた。「畜生目!!」。

 それ以来吾輩と片目とは犬猿の仲ならぬ、猫鳥の仲になった。

第一部完
 
著者あとがき

 夏目漱石の題名を借りたものですが、面白くなくても我慢をして読んでください。

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