12期の広場

12期の広場

3年5組の卒業後文集 『独白』が見つかりました。

 昨年の2月号で2年次の8組の学級文集「烏合の衆」を紹介しました。その際、これが12期唯一の学級文集であると書きましたが、誤りであったようです。

 今、私の手元に3年5組の文集「独白」第2号があります。これはカナダ在住の山本久美子(旧姓 古荘)さんが大切に保管されていたものを無理をお願いして送っていただいたもので、末尾に1960年8月7日発行とあります。

 2年8組の学級文集「烏合の衆」が在学時の文集であったに対して、この「独白」は3年5組の皆さんが卒業後にクラス同窓会の一環として発行された文集のようで、初めて知って手にした時、大層驚き、また感激しました。

 B5版で48ペ-ジのざら半紙のガリ版刷り、表紙はご覧のように橙色でそれに合わせた布ひも綴じになっています。54年前の発行ですから用紙はすでにまっ茶色ですが、印字はいまだに褪せることなくしっかり読めます。

 巻頭に以下の文章があります。

 『4か月たって僕等は集まった。懐かしい僕等の文集「独白」の上で、遠く離れているが、いや離れていないかな。どんなに遠くにいても僕等はまだハイティ-ンだし、まだ殆ど変っていないもの――「今日は」と皆に話しかけよう。それでも僕等はどんどん変わって行く。そんな時、この文集はどうしているだろう。皆に忘れられ、二才で?三才で?その命を絶ってしまうのか、それとも、どんどんたくましく育って行くのか、本当に面白い事だと思います。』

 文集に投稿している同窓生の数は近況報告を含めて23名。3年5組の卒業者数が44名(平成16年名簿による)とすれば半数以上が投稿していることになります。内容も論文に近いものから随想、詩、手紙、小説風のものなど多様です。よくこれだけのものをまとめたものだと舌をまきながら、5組の同窓生の皆さんのまとまりのよさに感じ入ります。

 『独白』によれば高校卒業後の進路は、めでたく大学入学を果たした人、就職した人、病を得て病気療養している人など、それぞれですが、高校時代とは異なり社会人としての自意識が強く芽生えたさまがよく現われているように思えます。
 


3年5組の皆さんです。
 

 高校を卒業し志望していた大学や大企業に入った「ハイティ-ン」らしい喜びや希望、ささやかな自負心は勿論のことですが、同時に騒然とした社会状況への正義感や不安が明快に読み取れます。投稿の中には現状社会への批判や反発や若いがゆえの懊悩、自己嫌悪など縷々述べたものもあります。しかしそのほとんどの投稿が大層、自省的で前向きで、面映ゆい気持ちとほっこりした気持ちがないまぜになります。明らかに高校在学時の学級文集「烏合の衆」とは趣が異なります。

 『これが私が高校を卒業して最初に考えずにはおられなかった問題です。』結ばれた投稿では「安保闘争」について書かれていました。文中に「全学連」「国会乱入事件」「羽田デモ」「ハガチー事件」などが出てきます。また別の複数の投稿では「三池争議」についても書かれています。いずれの投稿も当時の大きな社会的問題に真面目に向き合い、戸惑いながらもどうあるべきかを考えています。高校を卒業した1960年が、今の日本にとっていかに重要な年であったかを炙り出しているように思えます。

 また『努力して・・・』と題した投稿には『現在の私達を決定しているのは過去の習慣や経験であり未来についての空想であり理想である』としながら『この長い未来を出来る限り完全に生き通さなくてはならないのだ。』とありました。さらにそのために自身の不完全さや不安、立ち現われてくる動揺や難関を述べて、努力することの意味について書かれていますが、とても19歳とは思えない文章のようです。

 一方『夏子』と題した投稿では二つ年下の『あまりにもすばらしい少女』との交流が小説風に書かれています。残念ながら連載物のようでその顛末は不明ですが、涼風が吹きぬけて行くような感じでさわやかの一言です。

 文集の末尾の編集後記に『出来る限りの労力と忍耐と完成への喜びを抱いてぶつかった結果、大いなる成果を上げることが出来ました。』とあります。12期同窓生の記録としての貴重さは言わずもがなですが、私達の『ハイティーン』時代を彩る眩しすぎる一ページであることに間違いありません。

 第1号や第3号以降をお持ちの方は是非、ご一報下さい。  (文責 - 張 志朗 )

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です