12期の広場

12期の広場

俳句との出会いあればこそ

4組   児玉恭子

 私の住まいする地域の氏神様は野村胡堂の名作「明神下の平次」で有名な神田神社です。俗に神田明神として通っています。小さな神社ですが、江戸三大祭りの一つである「神田祭り」や「商売の神様」として大変に賑わっています。

 12月31日の夜は、門が閉じられ参道は人人で埋め尽くされます。そして夜半12時、年明けと同時に開門です。門前の人波が、大波となり、境内へと流れ込みます。私もその大波の一波となってお参りします。

 今年はカナダから来た孫(男10歳・女6歳)を連れて初詣です。その時の情景を句にしました。
 


毎日の習いとして手帳にメモ書きほどの日記を書いております。元旦は新しい手帳への書き始めです。今年の健康を願っての句が三番目です。


 思い起こせば俳句との係わりが出来たのは昭和60年の春、ボランティア活動の折に「お茶飲みながら俳句しない」と誘われたことから始まりました。

 都会に生まれ育った私は日本人の一般的な四季の変化を楽しんではいましたが・・・
ミクロ的な自然までは見ていませんでした。

 誘われて「伊藤希眸・けやき」に入会しました。ついで、結社京鹿子東京支部(本部は京大俳句の流れをくむ京都吉田山)へ、現在は京鹿子同人です。今日まで28年もなぜ続けられたのでしょうか。

 作者の話、共感者の話、師の解説に五七五の17文字が、どんどん膨らみ未知の世界に入り込み今まで知らなかったことを学べる楽しみと、面白さに引き込まれた様です。

 街路樹の紅葉と散る木葉、ショウウインドウの飾り、街を行き交う人々の装いとか、今月の催し物と、キョロキョロと目に入る小さな、それでいて豊かな季節の変化を楽しみに街中を歩いております。この楽しみ方こそが、長年の俳句が、教えてくれたのです。

 小さな私の自然を大切に、句種を拾いに万歩計を持って今日もあるきます。
 


 

 

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