12期の広場

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第7回「市岡高校東京12期会」の報告

第7回「市岡高校東京12期会」の報告

大阪と隔年で開催される「東京12期会」も今年で第7回。つまり2003年、皆が還暦の峠を越えてさらに一回りの長い行事となっている。ひとえに発足以来の山田・榎本両大幹事の人柄と肝いりのおかげである。
10月31日(土)、このところ恒例となっている会場の銀座「三笠会館」に20名が参集、座が乱れる前にとさっそくの記念撮影となる。榎本君が用意してくれた第1回以来の各会の集合写真を見比べ、各々時の経過に思いを巡らせる。
10年前の2005年11月11日「第2回東京12期会」は27人。お元気な亡き顔も懐かしく。

開会に際し、前回の集まりから先立って逝った村木雅章(8組)、川合兵治(4)、吉岡宏(4)君、北村彰一先生に黙祷をささげた。
開会あいさつは大石橋会長。
 『市岡高校同窓会が開かれると、いつも、戦争の傷跡が随所に残る原っぱや道を通り、渡し船を利用して通学した情景を思い出す。あのころの日本はまだまだ貧しく、誰もが豊かさと平和を求めて懸命に頑張っていた。あれから半世紀以上が経ち、そこそこの成果が得られたのかな、とおもいたかったのだが・・・
 昨今の世界の情勢を見ると、相変らず戦争あり、テロあり、飢えや大災害ありで、思わず目を覆いたくなるような有様である。この50年以上にわたる人々の努力は一体何だったんだろうと考え込んでしまう今日この頃である。
 それはともあれ、12期生の我々は74歳を迎え、こうして元気で集えることに感謝し、今後も精一杯前向きに進んでいきたいと思う。今日は一日楽しく過ごしましょう。』
 つづいて来賓として関西から駆けつけてくれた、酒井12期会代表幹事から大阪での同窓会幹事会の様子や、北村先生の思い出を交えた愉快なご挨拶をいただく。同じく張幹事には毎回持参いただく重い12期のバナー(横幕)とともに、昨今の杭打ち不祥事の話など専門家としてのエピソードの披露もあり、榎本幹事長の名司会で会は和やかに滑りだす。
 参加の各自からは近況や随想、趣味、病気自慢、孫自慢、そして市岡の懐かしく、うれしく、辛い思い出などいつもながらの愉快な歓談にお酒が加わっておおいに盛りあがる。
 西條君からは川歩き報告。「12期の広場」に掲載してきた「荒川歩き、源流点到達」を発案者の故川合君へのオマージュとする。次は多摩川?

 広島から遠来の辻君の特別講演は大阪の会に続いて皆さんの関心事、「健康」。一番大切なのは人間が本来備えている「自己治癒力!」と、万病を克服してきた辻君に云われると説得力がある。それにしても誰かの「たよりにしてまっせ」の声は切実。
 名残をおしみつつも、大阪での再会を期し、皆で校歌を斉唱して中締めとなる。
いつもの通り二次会はカラオケ、会場は銀座とは思えぬ古びた「千里馬」に大半が移動して歌合戦となる。女性陣の「花は咲く」は市岡の乙女の時代の復興でもある。男性陣は現役時代にクラブに支払った投資に見合った力量か。大詰めは関西Duetの「涙をふいて」。しみじみ聞かせるが、この息の合ったところが

上原澄子さんが絵手紙に書いてくれた文書

「市岡高校12期会」をまとめてくれる所以だと思い、皆の感謝を合わせ報告としたい。


第7回 市岡高校東京12期会 参加20名の顔ぶれです。下記の名前と一致しますか?

参加者:
1組:上原澄子
2組:坂野雅子(集合写真のみ)、高谷尚江、佃富江、杲田慶子
3組:西條軍蔵
4組:児玉恭子、重松清弘、酒井八郎
5組:阿部清二(集合写真に間に合わず)、泉信也
6組:大石橋宏次、中柴方通
7組;張志朗
8組:榎本進明、緒方宏文、辻紘一郎、萩原貞男、村崎裕昭、山田正敏
(泉 信也 記)

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