12期の広場

12期の広場

2016大阪府立市岡高等学校第12期生同窓会が開かれました。

 大阪での12期同窓会は2年ぶりに10月16日(日)午後1時30分から開催されました。10月初めまで夏の暑さが残りましたが、台風18号の通過の後、一気に秋が訪れ、日中と朝晩の気温差が随分あり、快晴の翌朝は特によく冷え込むようになった時期でした。会場は前回と同じクライトンホテル新大阪でした。
 参会者は満75歳を既に迎えた後期高齢者かこれから半年の内に後期高齢者になろうとする同窓生でした。とはいえ、受付を済ませて久方ぶりの出会いを喜びあっている仲間の心は青春そのもののようでした。会ってものの5分も語り合えば、昔に戻っている。そのような光景があちこちで見受けられました。
 今回集われた方々は、先生方は福井金治先生、田中順三先生のお二人、同窓生67名で計69名でした。
 
 本会を始める前に、嶋田ハル子さん(3組)を講師に迎え、「高齢者の体力つくり 元気塾」と題して講演をしていただきました。私たちは後期高齢者と呼ばれる年齢になり、加齢がもたらすカラダの変化(膝痛、腰痛等)を誰もが感じていましたが、「こうすれば筋力を高めることができ引き締まった体をつくると共に、体内の代謝機能を高め肥満や生活習慣病の予防になりますよ。」と元気づけられました。
 
 下半身の筋力アップ、上半身の筋力アップ、体幹のアップ、柔軟性を高める、敏捷性を高める等、短い時間での実地練習でしたが、参会者は興味を抱いて嶋田ハル子さんの指導に従って体を動かしました。総会開始前のほどよいウォーミングアップになりました。
 
 開会に先立って、司会を担当された清水誠治郎・鈴木(旧姓酒井)政子ご両人から2年前の同窓会から今回までに亡くなられた7名の方々、北村 彰一先生、2組の中尾 澄子さん、3組の長谷川 修さん、4組の吉岡 宏さん、川合 兵治さん、5組の川西 庸雄さん、7組の児嶋 雄二さんを悼み、起立して黙祷を捧げました。
 司会者の開会宣言の後、酒井八郎代表幹事が開会の挨拶をされました。
 酒井さんは、いきなり「ぼくらはみんな生きている」と歌い出し、「生きているから、今日これだけの人が参加して下さいました。ありがとうございます。」と話し始められました。長い間、一緒に同窓会の写真を撮り続けてくれた川西君の突然の死があって、この冒頭の言葉になったようです。
そして、8月下旬の出欠返信ハガキは体調不良を伝えるものが多く、何人集まるだろうかとやきもきしたと話しながら、恩師の先生方をふくめて69名が元気に集えた喜びと感謝を話されました。続けて後期高齢者になってはじめての同窓会であることにも触れて、今日一日を心行くまで楽しみましょうと顔を紅潮させて話され、開会の挨拶とされました。
 また会の途中で、同窓会前の幹事会で全体同窓会の佐藤会長(8期)から市岡高校の入学者定員割れに伴う存続問題とそれについての全体同窓会の対応について話があったことの報告が酒井代表幹事からありました。
 今回ご臨席いただきました恩師は、田中順三先生と福井金治先生でした。恩師を代表して国語を教えていただいた田中順三先生にお言葉をいただきました。田中先生は、現在私たちより10歳年上の85歳、数年前に、大腿骨を骨折されたとのことで、その後歩行のリハビリをされていますが、杖をついてゆっくりしか歩けないと言っておられました。
 乾杯のご発声は福井先生にしていただきました。福井先生は27期生の同窓会が3時からあるとのことで直ぐご退席なさいました。乾杯のご発声だけにお越し願ったようで申し訳なかったです。

  
 
 司会者の清水さんから、「それではみなさんどうぞごゆっくりご歓談ください。料理と飲み物は十分ございます。」と告げられ、懇親パーティーが始まりました。
 30分程して、恩師からの返信を酒井代表幹事が報告されました。吉田安雄先生は、現在入院中で奥様のお話ですと、看護師さんをつかまえては「この子、市岡の教え子や」と話されるそうで、実際とはちがうのですが頭の中は市岡高等学校のことだけのようですと言っておられました。
御前保子先生は、90歳の大台にのり、やはり健康第一と思っていますが足元が不如意のため欠席させて頂きますとのことでした。
 今回も、遠方より友来るで、北海道・東京・神奈川・名古屋等々、大阪まで駆けつけてくださいました。泉君は同窓会の2次会までお付き合いいただき、その後、羽田発の深夜便でヨーロッパへ飛び立たれました。
 北海道にお住まいの黒田昌男さんから「生活体験発表」と題して20分間ぐらいお話いただきました。
 黒田さんは2001年に大腸がんを患われ、その後、肺がんも患われましたが、がんの宣告を受けた後、次の3つのことで元気づけられたと言っておられました。一つは「よく歩くこと」二つ目は「仲間がいること、仲間をつくること」三つ目は「北海道で群生している高山植物を見ること」だったと。
 その中でも、半年かけて世界を旅する「オーシャン ドリーム」の話に時間を割かれました。この旅は、観光だけではなく、ゆったりした船旅で新しく多くの仲間ができたこと、特に、シニアーは黒田さんとあと一人で、他は若い人たちが20数人であったとか。「仲間がいること」若者たちから元気をいただいたとのことでした。「生きる」ことに大いに影響を及ぼしているのですね。
 沖縄の辺野古では、基地建設反対運動にも参加、カンボジアでは地雷撤去の現状にも立ち会ったとのこと。世界では不発弾が1000万弾残されているらしく、カンボジアには200~300万弾が残っている。戦争の悲惨さですね。
 マダガスカル島では大きな木の幹、その木の幹の周囲は、大人が7人ほど手をつないで測れるほどの太さであったとか。その木も地球温暖化の被害を被っていると話されました。そのほか、ネルソンマンデラ氏が収容されていた監獄とか、リオのカーニバルでは1チーム2000~3000人の人が踊っていたダンスとか南極大陸へ大きな船からゴムボートで島に渡った経験などを紹介された。
 懇親会も半ばであの人とも話したい等でいろいろと人の動きもあり、益々盛り上がってきました。限られた時間内で旧交を温めるにはあちこち動かれるのも理解のできるところでした。そのために、同窓会の返信はがき、物故者一覧表を会場北端のホワイトボードに掲示しましたが、その場所にも多くの人が集まっておられました。
 3時過ぎに市岡高校東京12期会の皆さんからご挨拶がありました。東京12期会の会長は大石橋さんですが体調思わしくなく欠席でしたので、代表して泉 信也さんからご挨拶をいただき、その後、西條軍蔵さん、重松清弘さん、
榎本進明さん、辻紘一郎さん、
中柴方通さん、杲田慶子さん、
小野義雄さんが紹介され、スピーチしていただきました。スピーチの間、コルセット姿で参加された榎本さんが提供して下さった、東京12期会活動の写真が映像で映し出されました。

 そのあと、出席しておられる各組クラスメートからの近況報告がありました。この時も、私たちが高等学校の生徒であった時の集合写真がDVDで映し出され、懐かしいひと時を持つことができました。
 次に、昨年2月から今年1月まで私たちのホームページ「12期の広場」に石井孝和さんの「想い出を綴る」が連載されましたが、その連載を終えてのお話もうかがいました。今回参加されませんでしたが、高知県で活躍しておられる金本美智子さんが作詞されたCDが酒井代表幹事から紹介されました。
 2011年の元旦から開設された「12期の広場」も12月で丸6年になります。これまで「12期の広場」を通して12期の仲間の交流が広まり深まってきています。HP委員の張志朗さんから呼びかけがあり、みんなで作る「12期の広場」にしていくためにもご投稿をお待ちしていますとのことです。
 閉会前にみんなで校歌を3番まで声高らかに歌いました。時々歌詞を忘れている部分は、配布された歌詞カードを見ながら頑張って歌っていました。


 閉会の言葉は、副代表幹事の北浦(旧姓小寺)昌子さんからありました。
 北浦さんは、「ここ数年日本列島は北海道から九州まで天変地異のトラブルが多くて苦しい時が続いていますが、今日は『みおつくし日和』でほんとうに嬉しい一日になりました」と話しはじめられ、恩師の先生方や遠来の学友をはじめ、心あたたまるスピーチをしていただいた方への感謝と卒業56年まで続く同窓会の素晴らしさに触れて次回「『またくるぞ、絶対に』と約束して下さい」と結ばれました。
 今回、挨拶で詠まれた短歌を次に紹介します。
   十代の 三年間を 共にした 市岡十二期 今日(いま)また青春
   十二期の 同窓会こそ 宝物 あの三年間を ぎゅっと抱きしめ
   東から 西から集い みをつくし 今宵咲く花 皆美しく
   時節(とき)は秋 なつかし笑顔の 揃いぶみ 恩師に感謝の 六十七名
   四年後の 十二期会こそ メモリアル 是非とも元気で 東京五輪
 
 閉会後も名残が尽きない同窓生が1階の2次会ルームに三々五々集まりました。話し足りなかったのか、席に着くなり飲み物も運ばずに話し出す始末でした。2次会参加者は50名以上おられました。
 開会の挨拶は副代表幹事の末廣訂君からあり、今、市岡高等学校は入学生徒の定員割れ問題で存続の危機に瀕して居るとの強い訴えがあり、何とかしていこうではないかという呼びかけがありました。その後、二次会の司会進行役の畠平雅生君(6組)、峰松幸子さん(旧姓二口 2組)にバトンタッチして、賑やかで楽しい二次会となりました。
 カラオケタイムもありましたが、機器の調子が悪く司会者が困っておられました。それでも、女性軍は高等学校時代の合唱コンクールで優勝した曲を指揮者付きで再現されました。
 各テーブル、顔を突き合わせるように話し込む熱気の中、副代表幹事の段中文子さんから、二年後の再会を願っての閉会の挨拶があり、午後7時前に無事、散会となりました。
 
( 上野裕通、張志朗 - 記 )

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