12期の広場
12期の広場
2018年12月1日
同窓会に参加して
2組 久保 幸子(小西)
かえりみますと、12期同窓会に10回くらい参加させてもらっていると思います。学生時代のあたたかい幸せを感じる楽しい想い出がうかびます。
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同窓会場にて 福井先生の左が筆者です |


私はそのころは、まだ幹事さん達ともほとんど交流もなく、このころ一度に沢山の方とお出会い出来、びっくりしました。代表幹事の酒井さんはじめ幹事皆様の心のこもった御尽力で「12期生喜寿の同窓会」に至りましたことにとても感謝しております。機会があれば、東京12期会にもお訪ねしたいです。ありがとうございました。皆さん、健康長寿でがんばりましょう!!
3組 石井孝和
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二次会でやっと一息。右から2番目が筆者 |
会場のクライトンホテルには午前11時前に到着、建物の外観や準備されたホールの撮影を済ませ、受付、開会に備えました。
張・段中両氏の司会で始まった本会を式次第に合わせ撮影し続けました。カメラのスクリーンには、舞台に立って身振り手振りを入れて語る人、歌う人、カラフルな衣装で華麗にジルバを披露した酒井・段中組のダンス、それにタオルを巧みに使って会場の雰囲気を盛り上げた嶋田さんの“健康体操”と、生き生きとしたした表情が映っていました。
テーブルに次々運ばれる料理をそれぞれが楽しみながら、膝を交えて歓談する笑顔もアップにして撮ることができました。




20年あまり、“写真日記”をつけ続けている私は、当日一日に100回以上シャッターを切り、“喜寿”に集う仲間の元気で活力に満ちた笑顔にレンズを通して出逢えたことが、とても印象的でした。
3組 高橋 要
「近ごろ時間に背中を押される気がして・・・・・」と油絵が趣味の知人、頭の中で画題が尽きないのでしょう。そんなこともあるものかと齢を忘れて暮らしていたところへ“最後の同窓会”の案内、出し抜けに12期生の年齢を通告された思いでした。
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福井先生に「肩もみの奉仕」 実は背中を押している? |
最後の宴のなかで思い出された詩のプリントは、国語科が分担してガリを切り謄写版で更紙に印刷した近現代詩のアンソロジ-、その続きで神沢先生の話になりましたね。独特の風貌と身のこなしで映画「道」や「昼下がりの情事」の話に熱の入ったこと、東京みやげは「・・・・その続きで浅草のストリップ劇場に入ったんだ、入りは疎らで寒々とした客席に身を縮こめる男が時折「〇〇ちゃん」と踊り子に声を掛けているんだ・・・・・」
さて、最後ですね。来週から湖北へ薪作りに出かけます。倒木をチェ-ンソ-で輪切りし、斧で割って自然乾燥させる単調な作業です。雪が来る前に、体が動くうちに、せめて5年分は貯えておかなねばなどと思っている私も、どうやら時間に背中を押されているようですね。
4組 重松清弘
今回大阪での同窓会のために色々準備していただいた幹事の皆様に先ず感謝申し上げます。大阪での同窓会は今回が最終回ということですが、航海中の船が何かあれば母港に帰るというその母港がなくなるわけですから、ちょっとショックというか複雑かつ寂しく感じています。

人生には3つの坂があるという。上り坂、下り坂、そして「まさか!」という坂である。これまでの76年の人生で、自分はまさに、この3つの坂を何度も経験してきた。この坂の勾配や長さはそれぞれ違うもので、一週間程度のものから、数年に及ぶものまであり、人生がバラ色に見えるほど有頂天になるほどの感激を覚えたものから、これまで上りつめてきた高みから一挙に崩れ落ちたという感じのするものまで様々である。しかし、私は同年代の他の多数の人々と同様戦後の経済成長の波に乗り、来年は今年よりきっと良くなるであろうとの希望をもって、生きることが出来ただけ幸せだったと言える。そして公私にわたりホドホドの結果を得て、現役生活を終わることが出来た。勝ち組、負け組などとイヤな言葉があるが、さしずめ自分は「分け組」くらいかと思っている。ところが今の若者世代は物心ついたころにはバブルもはじけ不況ばかりで、経済成長を全く経験していないと言う。これに格差社会の顕在化と共に、全くかわいそうな時代である。
さて人生80年時代と言われるが、冒頭の3つの坂のうち、私にはもはや上り坂はなく、あるのは下り坂と、「まさか!」だけであり、私にとっての人生を終末に向かって如何に生きるか、すなわち如何に最終地点に軟着陸させるかが、現在の課題である。
惜しまれる同窓会と65年ぶりの同窓会
4組 藤田 勝利
酒井代表幹事をはじめ、市岡12期同窓会幹事のみなさん、33年の長きにわたりお世話いただき本当にありがとうございました。
今回も、カナダや北海道など各地から77名の参加者で大いに盛り上がりを見せてくれました。
海老江宮座神事保存に活躍される末廣さんのように、いろんな分野で活躍されている私たちの仲間の紹介。締めの小寺さんの短歌など、毎回楽しみにしてきました。
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同窓会場にて 写真の左端が筆者 |
この市岡12期同窓会が今回で最終回となったのは惜しまれてなりません。酒井代表幹事の案内状にあった「今までの形の同窓会」の開催が困難でしたら、気楽に集まれる形に変えて再会できるのを願っている皆さんも多いのではないでしょうか。
さて、最終回となった市岡12期同窓会とは別に、65年ぶりの小学校のクラス同窓会を来年5月に開催することを計画しています。
実は、この5月にバルト三国に行きましたが、そのツアーに小学校の同級生も参加していたのです。卒業後64年も経ってますから、顔も名前も全く覚えてませんでしたが、3日目にバス通路を挟んで隣に座り、その人が大阪弁丸出しで話すのを聞き、別の人が「大阪の方ですか」と聞き「大阪の福島出身」と答えるのを聞いて、福島
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リトアニアのカナウスの、旧日本領事館 (現在:杉原記念館)の杉原千畝氏の机 で撮った写真です。 |
年賀状のやりとりをしていた二人と、下福島中学校の同窓会名簿を頼りにあれこれ探しまわった結果、市岡同窓の貴田宗三郎さん、山田正敏さんなど、12名から参加の意向を受け、来年5月12日にホテル阪神で開催することになりました。
でも、2組61名の内 まだ37名の方が消息不明です。今回の同窓会でも何名かにお願いしましたが、どこで繋がりがあるか知れませんので、12期の広場も借りてお願いします。
福島小学校2組同窓生で消息不明の方々は以下の通りです。
安部史郎、市橋嘉剛、井上博方、岩井宏、梅本佳央、大溝輝雄、大谷佐武郎、兼子雅嘉、鈴木進、島村揆、進藤清、当麻吉宏、富山隆雄、田邉欽一、永岡義雄、日高勇雄、牧野孝、増山良樹、阿佐節子、宇田川テル子、尼岸(旧姓高橋)好子、伊藤幸子、大西悦子、金沢(旧姓村田)加代子、木下明子、久保田喜代子、菖蒲照子、武井百合子、為田弘子、中川恵子、西脇(旧姓小川)俊子、藤川久子、森橋(旧姓松浪)祥子、安井祈美子、山脇静子、湯浅太ミ子、弓前勝代
消息をご存知の方は、是非連絡をお願いいたします。
HP委員追記 : 連絡は、同窓会幹事または「広場」HP委員宛にお願いいたします。
5組 梶 英子
今回が最終の同窓会とのことで、久しぶりに参加しました。
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同窓会場にて 写真右端が筆者 |
その間長らくご無沙汰したので、お話しながら相手の方の昔の面影思い出せてホットしたものです。そんな中で変わらぬ福井先生のお元気そうなお姿が懐かしかったです。
私は病弱児童で、中学・高校共にまともに体育の授業を受けたことがありません。でもそんな私に三年生のマラソン大会を最後だから、折り返しの朝潮橋の八幡屋市立運動場まででも走ってみようと勧めてくれた友達があり、始めてまともに?体育授業に参加しました。
ところが、思いもかけず最後まで走れたのです。おまけに時間内で順位も最後から何人かを数えるところにありました。それから技術のいる体育系の競技はだめとしても、足をただ進めるだけの運動なら何とか出来るのではと、山登りを始めました。
山は空気がいいし、可憐な花を楽しむことも出来ます。山頂から見る雄大な景色は格別です。特別な山を求めなければ、山登りは私でも参加できる運動です。そんな山登りの原点は三年のマラソン大会にあります。この歳になって大抵の方々は体調不良で山を卒業されましたが、お蔭様で私はまだ登山を続けていて、昔の私を知る人達にあきれられています。
もう体の部品はあちこち劣化して取り換えが必要のようですが、何とかもう少し頑張ってみようと思っています。
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筆者は謙遜されていますが、今も3000m級の山を登られているとは驚嘆です。左は南アルプス荒川岳の主峰で、アプローチが長く奥深い山です。右は立山連峰の薬師岳。昭和38年のサンパチ大雪で愛知大生13名が遭難死した、これも行程の長い山です。 |
5組 山本久美子(古荘)
10月28日に開かれた大阪での最後の「市岡12期同窓会」にお誘い頂き有難うございました。
私にとって最初で最後の同窓会です。
同窓会前日の思いがけない前夜祭、当日の同窓会本番、そして2次回3次会と夢のような3日間でした。
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上の写真は、校歌斉唱の筆者(左) |
また、10月12日、母校同窓会館での幹事会に参加させていただき、幹事の皆さんの行き届いた事前準備に触れることが出来たのも有意義なものでした。
卒業以来初めて参加し、皆さんに溶け込めるだろうかと少し不安だった私を、60年のブランクがなかったかのように迎えて下さった皆さんの暖かさが身に染みております。
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左の写真は、健康体操に精を出す筆者(中央) |
「宮座」神事にびっくり
6組 松田 修蔵

海老江の人たちは八坂さんの夏祭りへの愛着心はとても強く、ご祝儀の金額も半端でない、とよく聞きました。遠くに行った親戚も祭りの時期には帰ってきて一緒に祭りを楽しむという、その背景が分かった気がします。大阪府無形文化財に指定されたこの宮座の神事を継承して行くのは携わる方々にとって大変エネルギーの要る事だと思います。地域に残る伝統を守る重みと痛みを感じました。
私はこの神事を家族に見せたくて、無理を言って末廣君にビデオのコピーをもらいました。ありがとう末廣君!
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神事のビデオ画像に見入る同窓生 |
7組 柏木 赫子(後藤)
12期 最後の同窓会が終わりました。 33年間の長きに渡って、酒井さんはじめ幹事の皆さんが、12期会を牽引して下さって有難うございました。
私の高校生活は、25年振りに開催された第1回目の同窓会まで封印していました。
7組の落ちこぼれで、各教科、特に数学、物理に苦戦したことが強烈な思い出で、灰色の高校時代と思い込んでいました。
初めての同窓会で、張君が、“かっちゃん”と声をかけて下さったあの日から、友との語らいで色々な記憶が蘇り、会を重ねるごとに市岡に学べた幸せを感じるようになりました。落ちこぼれでも理系の男子ばかりのなかの紅二点、勝原みつるさんと共に学んだことが、今では一番の尊い思い出となっています。
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2組は11人参加。積極的に2組のコーラスに参加する7組の筆者(右から2番目) |
とにもかくにも 大変お世話になりました。「12期の広場」の編集も、毎月の原稿集めに御苦労されているのではと思っていますが、毎月の一日を楽しみに拝読しています。
“涙をふいて”のディュエットは、同窓会での楽しみのひとつでした。お二人の“涙をふいて”を聴きたいためにホテルに一泊するようにもなりました。
同総会の思い出は尽きませんが、心からお礼申しあげます。有難うございました。
最終同窓会に出席して
8組 稲田 紘
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談笑中の筆者(左端) |
今回、筆者が名前を度忘れした学友の数が以前より増え、自分の老化を思い知らされた。
プログラムとして、海老江村宮座・頭屋神事の紹介のような毛色の異なるものも含めて種々の企画がなされ、各出演者も熱演であったが、会場が少々騒がしく、出演者の声が聴き取りにくかったのは残念であった。
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御崎先生のお返事と同窓生の近況ハガキの掲示 |
カラオケを主とする2次会では、終わりに全員で「高校3年生」を熱唱したが、これを歌いながら、60年ほど前にタイムスリップして、高校生活が懐かしく思い出された。
このように、最後まで楽しかった同窓会を、13回にわたりお世話いただいた酒井八郎さんをはじめとする幹事諸氏に深く感謝します。また末筆ながら、12期生の学友諸君の今後のご健勝とご多幸を祈念します。
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