12期の広場

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「利根川 川歩き」源流に到達して


8組 山田 正敏
 

 この計画は、モトモトなにか飲み会の席で川合の突拍子の無い発案から始まった。大河を河口から源流まで河の土手を徒歩で行くというのである。まさか実現するなどとは真剣に考えもせず安易に賛成したが、榎本が加わり、泉も乗ってきてとうとう実現の運びとなってしまった。さて、どの河にするネンということであるが、思い切って坂東太郎の異名を持つ日本第二、関東最大、最長の大河「利根川」に決定した。

 その第1回目は2,007年10月30日利根川河口の銚子に近い犬吠岬の京成ホテルで壮行会を兼ねて一泊し、翌日の第1日:歩行距離30キロ。宿泊は潮来のホテル。翌々日の第2日:歩行距離20キロで終点はJR成田線神崎駅で解散するという計画であった。壮行会と1日目は泉が仕事の都合で出られず、1日目の夜、潮来のホテルで合流ということで当初メンバーは川合、榎本、山田の3人で始まった。その後、大石橋、西條の参加を得て総勢6名。そして、4年の歳月を経てとうとう今年2,011年 第9回目(5月9日~11日)の5月10日最終目的地点「八木沢ダム」の標高856Mの提頂に到達した。(八木沢ダムは利根川水系最上流、最大のダムで、提高131M、提頂長352M、提頂幅7.9M、提頂標高856M、有効貯水容量175,800,000㎥。)

 本当の利根川源流は大水上山の頂上であるが、それには、八木沢ダムに堰き止められた奥利根湖を、ボートを仕立てて10KM行き、そこから、水平距離10KM、標高差1,076Mの沢登りをしなければならず、我々の登山技術ではとても無理だと判断し「八木沢ダム」を終点とした。

 利根川の土手を歩いて感じたのは、なんと広い大きな川だろうかということである。(利根川の流域は茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京の1都5県。流域面積は16,840平方キロで日本1の流域面積を持つ)それが悠々と流れる様はさすが坂東太郎と異名を取るだけの事がある。又、春は土手一面に咲き乱れる菜の花、秋は稲穂のように一面に穂をなびかせる葦の群生。 又、上流に行けば、川幅は10M程度のところがあるが眼に痛いような新緑の中を流れは矢のように速く岩を削っている。川は両岸の樹木と連携して色々な顔を見せてくれた。それだけでも土手を歩く意味を感じる。

 第1回2日目の夜合流した泉の提案で、今後はただやみくもに歩くだけではなく、川沿いの近辺の名所旧跡の見聞、又、夜の食事は「うなぎ」を食す事ということになった。これで旅に色が付き、楽しみが一段と深くなった。さすがの見識であると感じ入る。

 4年かけて目的を完遂した今、正直全員、良くやったと満足している。それには、毎回の旅行計画を立てメンバーを引っ張ってくれた川合、榎本の大変な苦労と努力によるものである。 感謝!感謝!している。


“「利根川 川歩き」源流に到達して” への1件のフィードバック

  1. 張 志朗 says:

    この「川歩き」の話しを貴方から聞いた時ですが、貴方自身も「馬鹿な事を考えるものだ」とうれしそうにしていたのを覚えています。実際、「川歩き」のどの写真を見てもやはり「うれしそう」にしていますね。メンバ-の中でもかなりの健脚だったそうではないですか。流石に高校、大学と剣道で鍛えた結果と感心しています。そういえば剣道では素足、靴や靴下などの「防具」は着けません。足の五指が異様なくらいにそりあがるのに驚きました。
    雨が降り、風がふいても「オレは山田や!」と歩かれただろうと想像しては愉快な気持ちになりました。いつまでもそうであってほしいと願っています。

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