12期の広場

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京都-師走、そして正月

8組 川村 浩一(京都市)


 あけましておめでとうございます。8組の川村です。

 昨年は大変な年でした。特に東北地方の大震災に遭われた方々はどのようにお正月を迎えられているのでしょうか?今年が平穏な一年であることを願わずにはいられません。年の暮れには京都東山の清水寺で「今年の漢字」が発表されます。昨年は「絆」でした。ことしはどんな漢字になるのでしょう。

 小生、京都に移り住んで32年になります。それで「京都の正月」を紹介せよということですが、1200年の厚みのある京都の諸行事を描ききることは不可能です。京都の旧家の正月もよく知りません。やむを得ず小生自身の師走から正月にかけての経験をご報告することにいたします。

 この投稿がホームページ上にアップされる元日未明には、たぶん小生は八坂神社の「をけら参り」で、東山あたりを歩きまわっていることでしょう。いつもは家で紅白を見ながら孫たちとゲームをしていますが、今年はこの記事のため初めての「をけら参り」をするつもりです。

去年今年貫く棒の如きもの 虚子

 さて、京都の師走は南座顔見世の「まねき上げ」から始まります。まねき看板や芝居絵の看板をあげて「歌舞伎の正月」を迎えます。顔見世の起源は明暦年間(17世紀半ば)とのこと、350年以上の歴史を誇っています。

まねき 右に上方の役者、左に江戸の役者の名が並んでいる

 12月16日、昼の部を見てきました。演目は、「寿曽我対面」、「お江戸みやげ」、藤十郎、翫雀父子の「隅田川」、仁左衛門(与三郎)、時蔵(お富)らの「与話情浮名横櫛-木更津海岸見染めの場、源氏店の場」。新春を迎えるめでたい曽我物(当然富士のすそ野が舞台です。)、川口松太郎作の胸をキュンとさせる世話物、謡曲素材の舞踊、もっともよく知られた世話狂言とバランスのとれた出し物が並んでいます。特に「源氏店」では菊五郎が蝙蝠安の汚れ役をやるというのが評判です。

 この日、小生がもっとも感激したのは「隅田川」。高校の国語の教科書に謡曲の「隅田川」がありましたが覚えておられるでしょうか。花道のすぐ横の席だったので藤十郎をすぐ近くで見ました。子どもをさらわれた母親が一枝の花を子供に見立てるように花道で踊るのですが、それだけで涙があふれて来ました。子どもの葬られた塚に自分の着物を被せて嘆くところなど堪りません、涙はともかく嗚咽はみっともないですからね。ちなみに藤十郎の襲名披露で見て以来「翫雀」のファンになっています。

顔見世を見るため稼ぎ溜しとか 虚子

 さてさて、正月。初詣は地元岩倉の「石坐神社」と山城国の一宮「下鴨神社」と決めています。下鴨神社を知らない方はいないと思います。葵祭りでも有名です。その昔、京都盆地が大きな湖であったころ葛城氏の支族の鴨氏が盆地の北東部を抑え、南西部は渡来氏族の秦氏が進んだ土木技術をもって開拓したそうです。それで京都は北東部と南西部で文化が違うと聞いたことがあります。12月のうちに下鴨に行って写真を撮って来ましたのでご紹介します。

河合神社 神武天皇のお母様、玉依媛命をお祀りしています。お参りすると美人になれるとのこと
糺の森 鴨川の底を掘り下げて植生が変わりつつあると聞いています
下鴨神社 ここで小生の息子2人が結婚式を挙げました。塚本君もここで挙げています

 ところで京都の地の人のお正月とはどんなものでしょうか?何人の人かに聞いてみました。多くの人が言うのは「頭芋(かしらいも)の雑煮」でした。なんでも当主、長男は頭芋丸ごとの雑煮を食べるのだそうです。子どものころそれが「つらかったー」という若者がいました。近所の(数学者でもある)奥様の実家では八坂さんのをけら参りの後、その火種で頭芋の雑煮を作ったそうです。もちろん白味噌です。

酒も好き餅も好きなリ今朝の春 虚子

 年末から正月にかけての京都らしいニュースは、また改めてご報告をします。

“京都-師走、そして正月” への7件のフィードバック

  1. 川村浩一 says:

    あらためて、おめでとうございます。8組の川村です。
    京都はおだやかに元旦を迎えました。陽が射しています。皆様のところはどのような元旦でしょうか?この欄を使ってお知らせ願えると楽しいですね。
    10時間前、2011年から2012年に切り替わったとき、家内と祇園あたりにおりました。八坂さんにお参りしようと思ったのですが、祇園石段下の交差点は人でぎっしりという状態でした。お参りはあきらめてすぐ帰宅。タクシーの運転手さんによると北野天満宮もかなりの人出だそうです。伏見はすごいでしょう。
    年の初めから空振りだったのですが、気にしないでおきましょう。

  2. 川村浩一(8組) says:

    上の投稿原稿に期限があって書ききれない京都の師走のイベントを補遺の形で触れさせていただきます。

    補遺1 高校駅伝
    京都の師走のイベントで忘れてはならないのが「高校駅伝」です。昨年は25日、優勝校:(女子)豊川・愛知、(男子)世羅・広島。例年、京都や兵庫の代表校は頑張ってくれますが、大阪は芳しくありません。
    ちなみに、府県対抗の女子駅伝は1月15日の予定です。

    補遺2 忘年茶会-神泉苑の紹介
    やはり25日、所属する茶事同好会の忘年茶会が神泉苑でありました。茶会のほうは京都に関係するわけではありませんが、神泉苑をご紹介します。いまは二条城のすぐ南にあります。平安京が出来たころからここにありますが当時大内裏に南接した禁苑(天皇の使う苑池)でした。したがって二条城はかつての大内裏の南端にあることになります。貞観11年(869)疫病流行に際し66本の鉾を立てて御霊会が行われました。これが祇園祭の始まりです。

    名月や神泉苑の魚躍る 蕪村

    ちなみに初釜は天龍寺近くの嵐山熊彦で行います。

  3. 川村浩一 says:

    続きます。
    補遺3 第九-歓喜の歌
    年末恒例の行事、第九。京響(京都市交響楽団)の第九コンサートは、12月27日・28日京都コンサートホールにて広上淳一さんの指揮で。広上さんは小柄ですが大した人です。京響は全国唯一の自治体交響楽団です。歴代指揮者に外山雄三、井上道義、小林研一郎、大友直人などがおられます。我々夫婦は京響のサポーター(賛助会員)になっています。
    京都コンサートホールも京都市が平安遷都1200年記念事業で建設したものです。設計は磯崎新さん。北山通、植物園の東隣、地下鉄北山駅直結の好立地にあります。
    京響もコンサートホールも京都の誇りです。
    なお、ニューイヤーコンサートは8日にあります。

  4. 川村浩一 says:

    最後です。
    補遺4 錦市場
    姉三六角蛸錦、四綾仏高・・京のわらべ歌にもありますが、錦小路は四条の一本北の通りです。この通りの高倉通と寺町通の間の390mに130の店が並んでおり、錦市場と呼ばれています。大阪で言えば黒門市場でしょうか。
    日頃でも観光地として外国人や修学旅行生で賑わっていますが、歳末風景となると必ずこの錦がTVに映されます。高級素材や京都でしか見られない珍しい食材が並んでいます。1軒1軒が狭い範囲の専門性を売りにしています。暮れに歩いてみましたが八百屋にはやはり頭芋が積んでいました。お雑煮の椀にどうして入るのかという大きなものも並んでいました。
    平安の頃は「具足小路」と呼ばれてすでに商業の活発なところでしたが、後冷泉天皇が錦小路に名を改めたそうです。

  5. 川村浩一 says:

    今日、3日下鴨神社に家族で初詣。おだやかな初詣日和でした。にぎわっていましたが、人ごみというほどでなく、さすが品のある神社です。
    ついでに(どちらがついでか判りませんが)ジムに行きました。ロッカールームで年配の人の会話。「正月どこかに行きはりましたか?」「どこも。神も仏も信用してないからお寺にも神社にもお参りしたことがないねん。」わたしは信用してもいませんがお参りはします。
    (大内裏と二条城の位置関係について訂正。高校時代の「日本史地図」で確かめると、大内裏のすぐ南に二条城が来ています。すなわち、二条城の西半分が元神泉苑の一部だったのです。)かつての神泉苑は東西2丁、南北4丁の広大なものだったようです。)

  6. 川村浩一 says:

    4日、晴れのち雪(今冬初の本格的な雪)。ちょっとした用事があって下鴨神社に寄ったら、優雅に蹴鞠(蹴鞠初め)をしていた。別に行列が出来ていたので並んでいるアベック(古い言い方!)に「何の行列?」と訊くと「判らない、行列があったからとにかく並んでいる。」とのこと。若さに感激。

  7. 川村浩一 says:

    1月も15日になれば正月の気分もありませんが、新年会はまだまだ続きます。今日は小正月。各地で伝統の行事が紹介されました。
    京都では全国都道府県対抗女子駅伝。1位が大阪、2位京都、4位が兵庫と近畿勢活躍だったとのこと「(まだTVニュースでしか知りません。)この大会30年のうち、京都は14回優勝しています。
    私はこの時間、桂川・嵐山を望む料亭を借り切っての「初釜」に出ていました。初めて同士の人と話していても共通の知り合いがあって驚いたり、歴史上の事件・人物とかかわりのあった一族の人の話が聞けて驚いたり。京都の狭さと深みをあらためて実感しました。

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