12期の広場

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「theあの頃」-はじめに

8組 川村 浩一

 8組の川村です。「12期の広場」がますます活発になってきておりご同慶に堪えません。さらにみんなに親しまれる広場になるよう微力を尽くしたいと思います。

 ところで「12期生は格調高かすぎるんちゃうか」という声もあり、誰でも気軽に発言できる企画を考えようということになりました。
で、「theあの頃」シリーズを考えたいと思います。市岡在学時代や昭和30年代を振り返って話題提供をお願いします。学園生活のこと、社会のこと、何でもかまいません。そこから連想を得て「コメント」欄に投稿し合って、話題をみんなでふくらますことができたらいいな、と思っています。ご協力ください。コメント欄にはすぐに書き込めますが、最初の話題提供がある方はHP委員に声をかけてくださいね。

 まずは、あの頃をざっと振り返りましょう。
わたし達は昭和32年(1957年)に入学し、昭和35年(1960年)に卒業しました。「もはや戦後ではない」と経済白書で言い切ったのは昭和31年。また、岸首相退陣を受けて成立した池田内閣が「所得倍増計画」を打ち出したのが昭和35年です。日本の最も活力のあった時期に青春時代を過ごしたわたし達は本当に運が良かったといえます。

 ちなみに手許に「文藝春秋」の昨年12月号があります。1960年を特集しており、著名人31人に「1960年人生を変えた一日」を訊いています。
その中から面白いコメントを見てみましょう。

佐藤安太氏:玩具メーカー社長。「ダッコちゃん」が大ヒット。
出久根達郎氏:作家、前年集団就職で上京、初めての正月に1年前に完成した東京タワーに上る。
西田佐知子氏:21歳。「アカシヤの雨のやむとき」が大ヒット。
杉本毅氏:産科医。浩宮様ご誕生に立ち会う。
小野喬氏:体操。五輪ローマ大会で団体金メダル。
橋幸夫氏:17歳、「潮来笠」大ヒット。アントニオ猪木も大鵬も同じ17歳。
椎名誠氏:作家。1958年登場のチキンラーメンと衝撃の出会い。
出井伸之氏:ソニーに入社。早稲田大学OBとして「早慶6連戦」に夢中。
若松孝二氏:映画監督。浅沼稲次郎刺殺に衝撃。
堺屋太一氏:通産省入省。通産省に学生運動家出身が何人もいることに驚く。
半藤一利氏:週刊文春の編集部在籍。樺美智子さんがなくなった直後の特集「デモは終わった さあ就職だ」を担当。
当時を思い出すきっかけになればと書いてみました。

 最後に私の思い出を一つ。高校3年の夏の高校野球大阪大会、ベスト8だったか、日生球場で浪商と対戦。当方のエースは当然三井君、浪商は1年生の尾崎行雄。尾崎も凄かったが、一塁を守っていた浪商の一塁手住友君だか、高校生離れした顔をしていた。オッサン見たい。今年1月、高松のてんぷら屋でたまたま隣り合わせた人と話をしていたら、この人、高松商業のキャッチャーだったそうで交流試合で尾崎と対戦したとのこと。高商の選手は尾崎の球にかすったと言って喜んでいたそうである。

←高校時代。自宅にて。

↓2年8組 修学旅行。

“「theあの頃」-はじめに” への2件のフィードバック

  1. 8組 川副研治 says:

    8組の川副です。「12期の広場」HP委員ご苦労さまです。有馬での委員会における委員各位の熱心な活動の様子、HPで拝見させていただきました。
     貴兄提唱の「theあの頃」シリーズ、投稿とコメントが沢山寄せられて、活性化されるといいですね。
     昭和30年代と言うと、太平洋戦争が終わって僅か10年チョイ、当時の大人達の、国土復興に対するパワーには敬服します。高校時代、曲がりなりにもインフラも整い、兎に角3食メシが食えたのだから大したものです。
     高校卒業後半世紀も経った今日、東日本大震災後の瓦礫処理等の復興事業も遅々として進まない状況を見ていると歯痒い思いがしてなりません。

  2. 川村浩一 says:

    川副さん、コメントありがとうございました。
    豚汁会でお会いできると思っていたのですが、残念でした。
    あの震災で日本の強みと弱みを再確認しましたが、今の日本については我々世代の責任だと思います。もちろん大きな歴史の必然ということもあるでしょうが・・・。
    川副さんにもあの当時を語ってもらいたいと考えています。部活のことでも何でも。
    ところで、2年8組のときの文集を探していますが見つかっていません。心当たりありませんか?

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