12期の広場

12期の広場

『趣味のギャラリー』―「陶芸について (1)」

8組   山田 正敏
 
 昭和39年 大学卒業以来38年間、61歳でサラリーマン生活を卒業。その後の勤めについては一切考えず、生活については退職金、年金と僅かの蓄えで何とかなるだろう位の考えでいた。 問題は、仕事を離れた人生に於ける“暇”というものを、如何に潰し、残りの人生を楽しむかである。 就職するまで、高校、大学と懸命に励んだ「剣道」。その後40年近く止めていたが、その再開と「ゴルフ」、「海釣り」、「囲碁」、友人達との月1~2回の「飲み会」 等々、これで まあ何とか“暇”潰しは出来るだろうと考えていた。
平成15年頃の作品
タタラ作り長皿
 しかし、「剣道」は近くの剣友会に入会したものの、初日早々左足ふくらはぎ肉離れでダウン。2週間程度トレーニングを積んでの事であったがあまりの体力の衰えに愕然。そして再開を断念。「海釣り」は師匠としていつも同行させてもらっていた友人を交通事故で失い断念。
 結局 「囲碁」と 「飲み会」 だけで残り人生を楽しむには何となく寂しい気がしていた。
 「陶芸」 については小生なんら経験が無く、興味も無かったが、毎年、5月と11月に栃木県・益子市で「陶器市」が開催され、陶器の鑑賞を大いに趣味とする、我が女房殿のアッシーとして、50歳ぐらいから車の運転手を務め、ほとんど毎年のように年2回、陶器市に行くようになった。其処で、プロの作品を見たり、作陶の実演を見学したりする内、なんとなくやってみたい、又、自分にも出来るかもしれないと言う気になってきたのかもしれない。
平成17年頃の作品
タタラ作り花器φ24cm
 昭和50年、34歳で大阪から東京に転勤して以来、千葉県船橋市の夏見台団地という690戸の団地に住まいしているが、その東側に隣接して市の 「中央老人福祉センター」 がある。その「センター」には 書道・華道・水墨・詩吟・コーラス・カラオケ・茶道・日本舞踊・等々22のクラブがあり、その1つに陶芸クラブがある。そこに入会できる条件は船橋市民である事、4月1日付で満60歳以上である事の2点だけである。そこで平成14年4月入会。
 当時陶芸クラブの部員は104名だったと記憶している。
 この陶芸クラブに入って思ったことは、現在、小生の付き合いする仲間は、市岡の同期、大学土木科同期で関東に住まいする一部の仲間達、大学剣道部の仲間達であるが、おそらく、この陶芸クラブのメンバーが人生最後の仲間達になるであろうという事を感じている。
平成17年頃の作品
黄瀬戸釉皿φ23cm
 メンバーの年令は60歳~90歳前後、気の合う人、合わない人、耳の遠い人、足腰の不自由な人、月に何日も医者通いしている人、在籍中に亡くなる人、小生のこれからの人生が全て詰まっているような気がする。
 このクラブのシステムは未経験の新入会員は、1年間講師の指導のもと手びねりによる研修を受けることになっている。研修は、当時、月2回の金曜日であったが、やればやるほど面白く、やりかけの作品を自宅に持ち帰り、毎日毎日、女房殿があきれるほど、夜遅くまで土と格闘したものである。そして2年目以降は教室で、手びねりによる自主制作を先輩たちの指導を受けて、作陶する。
 当時、電動ロクロは3台しかなく、一部の先輩達が使う為、我々は手びねりのみの自主制作による作陶ではあったが、慣れてくると、益々のめり込み、他に用事が無い限り、センター作業室や自宅の一室を工房とし、のめり込んだ。
平成18年頃の作品
飛び鉋文茶碗
 さすがに女房殿も「電動ロクロ」を買うことを勧めてくれるようになる。金額は10万円を少し超えたが、センターで使用しているものと同じものを買い、益々の上達を確信していたが、これがなかなか思うようにいかない。
 先輩で上級者と思われる人の作陶を、一心不乱に見学させてもらったり、又、船橋の東武百貨店や東京三越百貨店で陶器市をやる時、たいがいプロによるロクロの実演がある。11時頃から昼食をはさんで1時から3時頃まで色々な作品の製作(水引きと言う)について、初めから終わるまで見学させてもらった事が、小生のロクロ上達にずいぶんと役に立ったと思っている。あまりに熱心に見学しているのでけっこう顔見知りになり、「何でも判らんことがあれば聞きなさい」と言って貰った時はさすがに嬉しくて、色々質問させて頂いた事を思い出す。
平成19年頃の作品  三島手茶碗
 見よう見まね、悪戦苦闘の毎日であったが、入会後8年、当時講師をしておられた先生が、高齢を理由で引退される事になって、その後任に部員の総意により、小生が選出され、福祉センター及び船橋市の同意を得て講師に就任。今年3月で満6年になる。技術的にはまだまだと自覚しているが、クラブ全員の技術アップの為、小生の益々の技術アップの為、精進し、もう一年講師を続け、後進に道を譲るつもりでいる。
 
(次号につづく)

“『趣味のギャラリー』―「陶芸について (1)」” への1件のフィードバック

  1. 田端建機 says:

    同期の徳本正孝が陶器をやっていて彼の作品を幾つか入手していた。彼と語った日も随分遠くのこととなった。その形見のような陶器の多くも破損し、小さな志野の土鍋と幾つかの欠け目のあるぐい飲みだけになった。山田氏の陶芸のこの記事を見て、彼のことも思い起こしたしだいである。写真で見る限り良い感じでうらやましい。実物を拝見したいとは思うが、重い陶器を持って同窓会に来いとはいうわけにはいけない。次号以下でいろいろな作品の写真を見たいものである。正直言うと、山田(以下親しみを込めて呼び捨て御免)がこんな繊細?なものをやるとは思いもしなかった。がさつではないが、おおらか(大雑把?)な彼の高校時代の私のイメージには予期しないことであった。私は土ものが好きで、ちょっとした絵付けや簡素な色使いの陶磁器は良いが、絵付けの度合いの大きい磁器などは好みではない。だから、マイセン、何とかハーゲン、九谷などは好みではない。もちろん、もともと金もないから、そういう高価なものには縁はない。そんなことで、今回、真ん中の黄瀬戸は特にいい感じである。山田、さん、次回楽しみにしているよ。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です