同期会
2016年12月1日
先日、関東地方を中心に気象観測が始まって以来、初の11月の積雪がありましたね。その写真を横浜在住の同窓生が送ってくれました。右の写真がそれです。今年の冬は寒さが厳しい冬になるとの予想で、寒がりの筆者としては気が重くなります。
真っ赤に紅葉していた近くの街路樹も今は丸裸、その落ち葉が寒風にからからと音をたてながら舞っています。繁華街でも恒例のイルミネーションがあちこちで始まりました。百貨店やその周辺はクリスマス飾りとポインセチアの赤と緑が溢れています。街も人も背中を丸めるようにしておおつごもりへとまっしぐらの感じ。何をするわけではないのですが、せわしなく追い立てられるように思うのは筆者だけでしょうか。
さて「12期の広場」も今年最後の号です。
10月の同窓会の余韻を残した構成になりましたが、「世間しらず」さんがリレー投稿に「つれづれに ⑤ 」を投稿してくれました。題名は「つもり10条」です。市井に生きるさりげない言葉が並んでいますが、なかなかどうして味わい深いものですね。
カナダのトロント在住の山本久美子(旧姓 古荘)さんが日本に里帰りされました。1年振りの再会です。12名の同窓生が集まり、彼女を囲んで歓迎食事会が開かれました。それを川村浩一君が書いてくれました。
お楽しみ下さい。
1.「同窓会幹事会が開かれました」
2.「山本さん(旧姓 古荘)を囲んで」 ……………………………… 8組 川村 浩一
3.「つれづれに ⑤ -つもり十条- 」 ……………………………… 「世間しらず」
2016年12月1日
ここには各クラス幹事さんが参加されました。
1組は鈴木政子(旧姓 酒井)さん、高橋三和子(旧姓 平田)さん、八島節子(旧姓 軽矢)さん、2組は北浦昌子(旧姓 小寺)さん、山西邦子(旧姓 西海)さん、藤田克子(旧姓 山下)さん、峰松幸子(旧姓 二口)さん、3組は石井孝和君、清水誠治郎君、4組は酒井八郎君、原清明君、古藤知代子さん、5組は稲葉勝也君、段中文子(旧姓 高田)さん、6組は武田博君、畠平雅生君、7組は上野裕通君、田端建機君、張志朗、8組は川村浩一君、末廣訂君、八島平八君の22名でした。
まず、2016同窓会の盛会と参席して下さった恩師の先生方と67名の学友への感謝、4月以来の幹事さんのご苦労へのねぎらいを込めて、副代表幹事の末廣君が乾杯の音頭をとりました。
次に会計担当幹事の原君と古藤さんから同窓会会計報告がありました。
今同窓会の収入は660,000円(同窓会会費と寄付金合計)、支出は650,176円(ホテルへの支払、通信費などの事務費、写真代など)で、9,824円の黒字でした。残金は同窓会会計に繰り入れとなりました。
また幹事会では同窓会参加者へ送るための写真の仕分けを行い、発送準備をしました。写真と会計の収支決算報告書は同封して後日、発送されました。
同窓会から1か月ですが、幹事さん22名が集うとさながらミニ同窓会、やはり楽しいものです。同窓会の写真やその後のグループの集いの写真などを見ながらの話題で盛り上がりました。
最後に代表幹事の酒井八郎君から、次回の同窓会に向けて頑張ろうとの主旨の発言がありました。幹事全員から賛成の拍手が起こり、幹事会は午後9時前に無事、終わりました。
2016年12月1日
毎年帰国されている山本久美子さん(旧姓 古荘、5組)が今年もカナダから帰って来られました。毎年、1ヶ月以上の休暇をまとめてとられるそうですが、うらやましいですね。
例年8月の暑い時期に帰ってこられていましたが、今年は10、11月。日本の秋を満喫していただけたでしょうか? 休暇前半はあいにく暑い秋でした。同窓会が大阪で10月16日にありましたが、残念なことに帰国後の忙しいスケジュールに合わず出席は叶いませんでした。
そこで張君の骨折りで11月5日の土曜日に山本さん歓迎の食事会。場所は梅田・マルビルの「たなごころ」に山本さん含めて12人(ちょうど広島出張中の東京の泉君が飛び入り参加)が集結。(田端君が抜けていますが下の写真をご覧ください。)
左から末広君(8組)、酒井君(4組)、塩野君(8組)、川村(8組)、柏木さん(旧姓 後藤、7組)、木本さん(旧姓 勝原、7組)、段中さん(旧姓 高田5組)、山本さん(旧姓 古荘)、古藤さん(4組)、泉君(5組)、撮影は張君(7組)です。


田端君(7組)も参加して薀蓄をたっぷり聞かせていただきました。
食事会の「たなごころ」と地下の喫茶店での2次会の4時間ほどおしゃべりを続けました。

あと、嵐電・阪急で祇園に。祇園のお店で食事。4時間も何ということなくおしゃべり。
さらに次の日、7日(月)は京都グランヴィアホテルのロビーで仲良し3羽ガラスの山本さん、柏木さん、倉森さん(旧姓津田、5組)が3時間おしゃべりされたそうです。さぞ、にぎやかだったことでしょう。
来年も山本さんが帰国されると思います。ミニ同窓会に皆さんご参加を。
2011年に「12期の広場」を始めて以来の山本さん歓迎の記事、ご参考までに挙げておきます。
( )内は筆者です。
2011年10月「私の一時帰国」(古荘さん)
2012年10月「古荘さんを囲んで」(HP編集委員)
2013年10月「古荘さんの里帰り」(川副君)
2014年10月「古荘さんの里帰り食事会」(HP編集委員)
2015年10月「山本さんを囲んでの食事会」(HP編集委員)
2016年12月1日
- 高いつもりで低いのは、 教養
- 低いつもりで高いのは、 気位
- 深いつもりで浅いのは、 知識
- 浅いつもりで深いのは、 欲の皮
- 厚いつもりで薄いのは、 人情
- 薄いつもりで厚いのは、 面の皮
- 強いつもりで弱いのは、 根性
- 弱いつもりで強いのは、 我
- 多いつもりで少ないのは、分別
- 少ないつもりで多いのは、無駄
高尾山に登って城山を縦走して下山したときに、ふと立ち寄った田舎の喫茶兼食堂で見た言葉です。老夫婦が営んでいる派手ではないが清潔感のある食堂でした。
何気なく食器置き場の隅っこに人知れず「つもり十条」が貼ってありました。それは私が座った位置からだけ見える場所でした。
誰の言葉なのかなぁ。ご自分の作かなぁ。と考えながら下山後のビールを飲みました。勘定をお願いしてお釣をいただくときに、両手で包み込むように返してくれました。
笑顔で「有難うございました」と言われたときは心温まる思いでした。
ただ貼ってあるだけではないんだなぁ。実践されているんだなぁ。いいご夫婦だなぁ。
山は快晴、ビールもよく効き、最高の気分で車中の人となって帰路につきました。
(世間知らず)
《追伸》
今回投稿しようと思ってネットで調べてみたら既にありました。
「つもり違い十条」というタイトルでした。また、「・・・・は」ではなく「・・・・が」でした。
そのほかにも、四十箇条もあるのには驚きました。しかし、老夫婦が営んでいた食堂ではじめて見たときの感動には及びません。
ここに四十箇条も載せておきますので、味わいのある言葉をお楽しみください。
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はじめの10箇条は東京・奥多摩の高尾山には真言宗智山派の大本山である「薬王院」があり、そこに「つもり違い十ヶ条」という看板があるそうです。
2016年11月15日
向寒の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。 さて、2017年4月29日(土)に高44期卒業25周年同窓会を開催する運びとなりました。 お忙しいこととは存じますが、皆様のご参加を幹事一同、心よりお待ちしております。 |
開催日 | 2017年4月29日(土) |
開催場所 | ホテル阪急インターナショナル |
お問合せ等連絡先 | 090-2206-5877 ※間違い電話にご注意願います。 |
2016年11月4日
2016年11月1日
『うらを見せ おもてを見せて ちるもみじ』(良寛)
今月号の「12期の広場」は「2016 大阪府立市岡高等学校12期生同窓会」の記事です。10月16日に開かれた同窓会は、幹事役を担った筆者が言うのもおこがましい感じですが、大盛会でした。
何より、田中順三先生、福井金治先生のお二人の恩師と67名の学友たちが元気に集えたことが大きな喜びです。初めて参加された方(6組 庄村嘉紘君 )や久しぶりの参加になる方が多くおられ、同窓会は盛り上がりました。
また、当然と言えば当然ですが、今同窓会ほど、老境にあることが強く意識されたことはないように思っています。「今回の参加が最後かもしれない」、「会いたい友の顔を見たい」と参加された学友が多かった事や、貼り出された「出欠返信用ハガキ」の近況報告や、プロジェクターに映し出された学級写真をくいいるように見つめる姿が一際、印象的で、握手をし、肩をたたき合い、寸暇を惜しむように話に興じる姿が会場のあちこちで見受けられました。そしてその語らいも、男子も女子も、時間も空間も飛び越えての親しく濃密なものであったようです。北海道の札幌から参加された黒田昌男君は「懐かしい顔、顔とめぐり合い、沢山の仲間たちと語り合い、高校時
代にフラッシュバックした感覚になりました! 気持が若返り、元気になった気持でいっぱいになっていました!あっという間の6時間でした!幸せな気持になって帰ってきました」とメールを送ってくれました。
同窓会に参加された67名学友は勿論のこと、体調不良で参加できなかった同窓会常連の学友、そして盛会を祈ってくれたすべての同期の学友、母校を卒業し56年を経て後期高齢者領域にあっても母校と12期同窓会に寄せる想いは熱いものがあるようですね。
今同窓会では入学者の定員割れに伴い、母校の存続問題が浮上しているとの報告があったのですが、これは多くの参加者にとって、晴天の霹靂のショックでした。市岡高校は創立115年の歴史と伝統に培われた学び舎であり、卒業生の私達にとってはよって立つところのかけがえのない母校です。在学時を含めて60年の今、市岡の自彊・質実剛健の伝統とすばらしい恩師や学友にめぐり会ったことの僥倖を、しみじみと実感しています。そしてその母校の存続と発展を願う気持ちが強くなるばかりです。
さて今月号の「12期の広場」ラインアップは次の通りです。お楽しみ下さい。
1. 「2016大阪府立市岡高等学校第12期生同窓会が開かれました」
2. 「近況短信 2 」-同窓会出欠返信書から-
3. 「2016同窓会の写真あれこれ」
2016年11月1日

今回集われた方々は、先生方は福井金治先生、田中順三先生のお二人、同窓生67名で計69名でした。
本会を始める前に、嶋田ハル子さん(3組)を講師に迎え、「高齢者の体力つくり 元気塾」と題して講演をしていただきました。私たちは後期高齢者と呼ばれる年齢になり、加齢がもたらすカラダの変化(膝痛、腰痛等)を誰もが感じていましたが、「こうすれば筋力を高めることができ引き締まった体をつくると共に、体内の代謝機能を高め肥満や生活習慣病の予防になりますよ。」と元気づけられました。

開会に先立って、司会を担当された清水誠治郎・鈴木(旧姓酒井)政子ご両人から2年前の同窓会から今回までに亡くなられた7名の方々、北村 彰一先生、2組の中尾 澄子さん、3組の長谷川 修さん、4組の吉岡 宏さん、川合 兵治さん、5組の川西 庸雄さん、7組の児嶋 雄二さんを悼み、起立して黙祷を捧げました。
司会者の開会宣言の後、酒井八郎代表幹事が開会の挨拶をされました。
酒井さんは、いきなり「ぼくらはみんな生きている」と歌い出し、「生きているから、今日これだけの人が参加して下さいました。ありがとうございます。」と話し始められました。長い間、一緒に同窓会の写真を撮り続けてくれた川西君の突然の死があって、この冒頭の言葉になったようです。

また会の途中で、同窓会前の幹事会で全体同窓会の佐藤会長(8期)から市岡高校の入学者定員割れに伴う存続問題とそれについての全体同窓会の対応について話があったことの報告が酒井代表幹事からありました。
今回ご臨席いただきました恩師は、田中順三先生と福井金治先生でした。恩師を代表して国語を教えていただいた田中順三先生にお言葉をいただきました。田中先生は、現在私たちより10歳年上の85歳、数年前に、大腿骨を骨折されたとのことで、その後歩行のリハビリをされていますが、杖をついてゆっくりしか歩けないと言っておられました。
乾杯のご発声は福井先生にしていただきました。福井先生は27期生の同窓会が3時からあるとのことで直ぐご退席なさいました。乾杯のご発声だけにお越し願ったようで申し訳なかったです。
司会者の清水さんから、「それではみなさんどうぞごゆっくりご歓談ください。料理と飲み物は十分ございます。」と告げられ、懇親パーティーが始まりました。
30分程して、恩師からの返信を酒井代表幹事が報告されました。吉田安雄先生は、現在入院中で奥様のお話ですと、看護師さんをつかまえては「この子、市岡の教え子や」と話されるそうで、実際とはちがうのですが頭の中は市岡高等学校のことだけのようですと言っておられました。
御前保子先生は、90歳の大台にのり、やはり健康第一と思っていますが足元が不如意のため欠席させて頂きますとのことでした。
今回も、遠方より友来るで、北海道・東京・神奈川・名古屋等々、大阪まで駆けつけてくださいました。泉君は同窓会の2次会までお付き合いいただき、その後、羽田発の深夜便でヨーロッパへ飛び立たれました。
北海道にお住まいの黒田昌男さんから「生活体験発表」と題して20分間ぐらいお話いただきました。

その中でも、半年かけて世界を旅する「オーシャン ドリーム」の話に時間を割かれました。この旅は、観光だけではなく、ゆったりした船旅で新しく多くの仲間ができたこと、特に、シニアーは黒田さんとあと一人で、他は若い人たちが20数人であったとか。「仲間がいること」若者たちから元気をいただいたとのことでした。「生きる」ことに大いに影響を及ぼしているのですね。
沖縄の辺野古では、基地建設反対運動にも参加、カンボジアでは地雷撤去の現状にも立ち会ったとのこと。世界では不発弾が1000万弾残されているらしく、カンボジアには200~300万弾が残っている。戦争の悲惨さですね。
マダガスカル島では大きな木の幹、その木の幹の周囲は、大人が7人ほど手をつないで測れるほどの太さであったとか。その木も地球温暖化の被害を被っていると話されました。そのほか、ネルソンマンデラ氏が収容されていた監獄とか、リオのカーニバルでは1チーム2000~3000人の人が踊っていたダンスとか南極大陸へ大きな船からゴムボートで島に渡った経験などを紹介された。
懇親会も半ばであの人とも話したい等でいろいろと人の動きもあり、益々盛り上がってきました。限られた時間内で旧交を温めるにはあちこち動かれるのも理解のできるところでした。そのために、同窓会の返信はがき、物故者一覧表を会場北端のホワイトボードに掲示しましたが、その場所にも多くの人が集まっておられました。

榎本進明さん、辻紘一郎さん、
中柴方通さん、杲田慶子さん、
小野義雄さんが紹介され、スピーチしていただきました。スピーチの間、コルセット姿で参加された榎本さんが提供して下さった、東京12期会活動の写真が映像で映し出されました。
次に、昨年2月から今年1月まで私たちのホームページ「12期の広場」に石井孝和さんの「想い出を綴る」が連載されましたが、その連載を終えてのお話もうかがいました。今回参加されませんでしたが、高知県で活躍しておられる金本美智子さんが作詞されたCDが酒井代表幹事から紹介されました。
2011年の元旦から開設された「12期の広場」も12月で丸6年になります。これまで「12期の広場」を通して12期の仲間の交流が広まり深まってきています。HP委員の張志朗さんから呼びかけがあり、みんなで作る「12期の広場」にしていくためにもご投稿をお待ちしていますとのことです。
閉会前にみんなで校歌を3番まで声高らかに歌いました。時々歌詞を忘れている部分は、配布された歌詞カードを見ながら頑張って歌っていました。

北浦さんは、「ここ数年日本列島は北海道から九州まで天変地異のトラブルが多くて苦しい時が続いていますが、今日は『みおつくし日和』でほんとうに嬉しい一日になりました」と話しはじめられ、恩師の先生方や遠来の学友をはじめ、心あたたまるスピーチをしていただいた方への感謝と卒業56年まで続く同窓会の素晴らしさに触れて次回「『またくるぞ、絶対に』と約束して下さい」と結ばれました。
今回、挨拶で詠まれた短歌を次に紹介します。
十代の 三年間を 共にした 市岡十二期 今日(いま)また青春
十二期の 同窓会こそ 宝物 あの三年間を ぎゅっと抱きしめ
東から 西から集い みをつくし 今宵咲く花 皆美しく
時節(とき)は秋 なつかし笑顔の 揃いぶみ 恩師に感謝の 六十七名
四年後の 十二期会こそ メモリアル 是非とも元気で 東京五輪
閉会後も名残が尽きない同窓生が1階の2次会ルームに三々五々集まりました。話し足りなかったのか、席に着くなり飲み物も運ばずに話し出す始末でした。2次会参加者は50名以上おられました。

カラオケタイムもありましたが、機器の調子が悪く司会者が困っておられました。それでも、女性軍は高等学校時代の合唱コンクールで優勝した曲を指揮者付きで再現されました。
各テーブル、顔を突き合わせるように話し込む熱気の中、副代表幹事の段中文子さんから、二年後の再会を願っての閉会の挨拶があり、午後7時前に無事、散会となりました。
2016年11月1日
「幹事の皆様、いつもお世話になりありがとうございます。私事ですが、今年金婚式を迎えて、息子達に御祝いをしてもらいました。後期高令者免許更新講習会に、暑い中行ってきました。車の運転もいよいよお別れかなと思いました。初めて関電病院に頭のMRIを取りに行ってきました。まだ大丈夫のようでした。体も頭も衰えが目立つようになってきました。毎日、ししゅう、編み物、パッチワーク、ソーイングと針仕事に頑張っています。好きなことをしていると一日がアッという間に過ぎてしまいます。」
1組 安田 淑子(旧姓 池永)(京都府在住)
「いつも御世話さまで御座います。10月16日は丁度主人の三回忌と重なり残念乍ら欠席させて頂きます。生前介護が続き中々出席できず今度こそはと思っておりましたのに残念です。御盛会をお祈り申し上げます。」
1組 荒川 安子(東京都在住)
「東京にきて一年半が過ぎました。御近所の方、老人会の皆様方と仲良くなり、日々生活しています。諸用にて出席出来ず残念です。皆様によろしくお伝え下さい。」
2組 藤本 加奈子(旧姓 井堀)(兵庫県在住)
「昨年は2月にニース(8泊)9月にリヨンとパリ(各4泊)計8泊し町を楽しんで来ました。今年はテロも怖いし、外壁の塗装など何かと忙しく、残念がら欠席させて頂きます。」
2組 花田 紀代子(奈良県在住)
「幹事さん、長い間お世話を続けて頂き有難度うございます。市岡の卒業生であることを誇りに思わせていただいております。来る年には体調もしっかりと自信がつくと思います。皆様楽しいひとときを過ごされますように。」
3組 松村 勝二郎(兵庫県在住)
「最近は苦労しつつ英国軍法史を少しづつ学んでいます。ご盛会をお祈りします。」
3組 嶋田 ハル子(旧姓 杉山)(奈良県在住)
「3月にトリム体操研究会代表を引退し、ホッとしようと思ったのにですが、逆に(何故か)目のまわるような忙しさになりました。」
4組 栗林 祥子(旧姓 小畑)(大阪府在住)
「お返事、遅くなりました事をお詫びいたします。いつも同窓会のお世話、有難うございます。いろいろ家庭の事情で迷っておりましたが、古藤さんからの電話で懐かしく、やっぱり皆様にお会いしたいと。よろしくお願いいたします。」
5組 梶 英子 (大阪府在住)
「幹事団の皆様、御苦労様です。残念ながら他行事と重なり参加できません。体は部品があちこち劣化していますが、まだ旅と山を楽しんでおります。楽しい集いになりますように!」
6組 片山 逸雄 (大阪府在住)
「すべてが鈍り、我ながら老いを意識せざるを得ません。しかし、もうしばらくマレーシアに長期滞在し、ゴルフやテニスを楽しむつもりです。この日は出席できそうです。よろしくお願いします。」
7組 伊東 慎一郎 (兵庫県在住)
「同窓会に参加するのを楽しみにしていたのですが、腸閉塞(今年2月)の回復手術のため入院中となり出席できず、残念です。幹事の皆さんのご奮闘に感謝するとともに盛会を祈ります。」
8組 榎本 進明 (神奈川県在住)
「9月の診察でギプスがとれると思っていたのが、とれなかったので、ギプスをしたままでの参加となります。少し気が重いのですが、痛さはなくなったので楽です。皆様とお会い出来るのを楽しみにしています。」
8組 田中 博之 (兵庫県在住)
「まだ元気に働いています。同窓会へのお誘いありがとうございます。この間、業務の都合で出張中の為、出席できません。悪しからず。」
8組 村崎 裕昭 (神奈川県在住)
「無理できませんが、日常生活は、そこそこ元気にやっています。トレッキング程度はやりたいのですが、心臓への負担が大きく、思うように出来ないのが残念です。」
8組 稲田 紘 (大阪府在住)
「脊髄炎のため、昨秋退院してこの春頃まで車椅子状態でしたが、最近では片手杖で外出できるようになりました。しかしリハビリ中につき、今回の同窓会は欠席させていただきます。盛会を祈念いたします。」
2016年11月1日
今月号の広場は同窓会記事が中心です。ラインアップをはじめ、各記事にできるだけ多く写真を貼り付けようとしましたが文章とのバランスもあって、撮った写真の数に比べると十分ではありません。そこで、ここに20枚の写真を追加して見て頂けるようにしました。
お楽しみ下さい。
- 「市岡高校18期生同窓会」について
小西康敬さんより: - 「同窓会ホームページ・名簿システムをリニューアルしました」について
吉川初恵さんより: - 「ひろばリバイバル」について
川村 浩一さんより: - 「【高37期】2024年市岡高校37期生同窓会のご報告」について
中間 實徳さんより: - 「市岡高校卓球部OB会「市卓会」 第27回会長杯卓球大会開催」について
水谷晴信さんより: