12期の広場

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利根川歩き雑感


5組 泉 信也
 

 「利根川を河口の犬吠岬から源流まで歩き通しました」等と云っても大抵の人はその苦労や喜びを分かってくれない。それで良いのだ、それにしてもこういう途方もないことを考えつくのは市岡のDNAなのか、その上俺も一緒にという輩が6人もいたのも驚きだ。

 家康は秀吉に三河の領地を召しあげられ関東に国替えになった時、泣き言を言わず、彼の地には開拓の楽しみがあると言ったそうだが流石の慧眼である。農に始まり、工商の集積そして今につながる人と文化、この豊かさをもたらしたのが利根川の流れだ。足掛け5年、雨にもめげず、風にも負けず、暑さ寒さもなんのその、良い仲間に恵まれてその日本一の流域の景観と歴史を心ゆくまで楽しめたのは秘かな誇りだ。もちろん土地土地のご馳走や疲れた足を癒してくれる温泉も忘れられない。

 心残りは源流の一滴を見ていないことだ。もと山岳部のエキスパートにガイドしてもらっても沢を最後まで詰めるのは無理のようだ。越後側から大水上山に登って源流に下ると云う手がある。全員で行こう、そして次は荒川だ。


“利根川歩き雑感” への1件のフィードバック

  1. 張 志朗 says:

     私達の世代が歩くと言えば普通は「山歩き」でしょう。それが「川歩き」で意表を突きながら、川下から川上へと歩いたのですから、「酔狂な!」と言われてもしょうがありません。
     よく川の流れを人生にたとえますが、敢えて「大河の一滴、年相応に」と考えればそれでも川上(源流ではないでしょうが)から川下です。ついでにダメ押しすれば川上へ道は基本的に登り勾配ですぞ。
     少年の日、「自転車に乗って海を見に行こう」というのはありましたが、「はるけき源流を見に行こう」はありませんでした。明らかに後期高齢者予備軍であるにもかかわらず、その心は一層の好奇心あふれる少年だったのですね。してみれば貴君の「市岡のDNA」の言葉が腑におちます。
    いいですね、いいですね。嬉しくなりましたよ。

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