お知らせ

0年

12期の広場開設についてご挨拶(12期代表幹事 酒井 八郎)


大阪府立市岡高等学校 12期同窓会幹事会
代表幹事 酒井 八郎
あけましておめでとうございます。

私達12期生は、昨年、市岡高校卒業50周年を迎えました。
 50周年を記念しての事業も、皆様のご協力、ご支援のお陰で予定通り遂行することができました。
 玉田先生が、同窓会の席で、「12期は仲が良くていい!」と言われましたが、2年がかりの事業を進めるなかで、つくづく、そう思いました。本当に皆様ありがとうございました。
 卒業50周年記念事業を無事おえた今、新しい取り組みとして、市岡高校同窓会のホ-ムペ-ジに「12期の広場」を開設することになりました。
 
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市岡高校12期生 卒業50周年記念事業のご報告

市岡高校を卒業して50年が経過した平成22年3月4日、母校体育館での第62回卒業証書授与式に、12期生41名が参列させていただきました。
62期生283名全員が学生服姿で入場してきた時は、50年前の私達の姿と重なって感慨無量で、大型スクリ-ンを駆使した式次第の構成に、新しい時代を感じさせられました。

<以下画像はクリックで拡大します。>
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米国アラバマ在住の友からのメール


投稿 6組佐藤裕久記
昨年4月の中旬であったと思うが、丁度1年振りくらいにメールがきて、「東京・仙台に来ているが会えないか?」というのである。前年、大学の同窓会誌に投稿して頂いたこともあり、彼の仕事の関係でTUの青葉山キャンパスで数十分間の再会を果たすことが出来た。米国のアラバマに彼が帰ったのは5月の中旬であったと記憶しているが、お礼のメールにPPTファイルが添付されていた。その写真を見て、思わず癒されている自分に気がついた。
何故癒されるのかその理由は、見た人にお考え頂く事にしましょう。
 

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ようこそ「12期の広場」へ

 このホームページ(HP)は、12期生のジジ・ババが思いっきり青春に戻っていつまでも若く明るく楽しい広場にすることを目的にしています。
利用方法は簡単です。しかし、パソコンがないと見ることが出来ません。将来はケータイでも見ることが出来るようにいたしますので、少しお時間をくださいね。
「簡単」をコンセプトにしてまいりますが、やはり使い方(手順)がありますので、最低限「市岡高校同窓会」にアクセスしていただくことになります。無事アクセスできましたら「同期会」をクリックして、さらに「12期の広場」をクリックするとそこには我々の世界が待っています。ここまでは必ずおこなってくださいね。

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HP委員としての抱負(7組 張 志朗)

おめでとう御座います。
パソコン画面上で恐縮ですが、今年も宜しくお願いいたします。
12期のホ-ムペ-ジ開設にあたりその世話役-HP委員の一人として頑張りたいと考えています。
ご覧のようにHP委員の中には現在女子同窓生が一人もいません。すぐにでも女子同窓生にその労を取って頂くようにしたいと思っていますが、当面は私が女子同窓生皆さんのご要望、ご意見の窓口になりますので、なんなりと申しつけて下さい。また皆さんにホ-ムペ-ジ掲載用の記事の執筆依頼などをお願いすることになりますので、是非ご協力下さるようお願いいたします。

私とてパソコンは不慣れ。チ-フの榎本君になんでもかんでも教えてもらいながらの操作ですが、「呆け防止」の効用ありやと考え、気長にやって行きたいと考えています。但し応分の努力はいとはないとのスタンスです。
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HP委員としての抱負(8組 末廣 訂)


近所の神社の頭屋(宮座)
神事の正装
皆さん あけましておめでとうございます。

今年でもう70歳(古希)を迎えます。昨年は市岡高校を卒業して50年の記念の年で、母校の講堂で後輩の卒業式に参加する機会を得ました。 その時のスナップ写真を2-3枚掲載します。
 
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利根川 川歩き(源流を訪ねて)

12期の皆様如何お過ごしでしょうか。

私たち、東京12期会の有志で行っている「利根川 川歩き」についてお知らせします。
利根川は「坂東太郎」と言われて、長さは信濃川に次いで日本で二番目ですが、流域面積では日本一の大河です。川の長さは322キロメートルですが、現在おおよそ河口から260キロメートルのところまで歩いてきました。

投稿者 川合兵治(4組)
思えば平成19年10月31日に千葉県銚子の犬吠埼を出発して、今回で8回目を数え、平成22年11月2日には茨城県、埼玉県を踏破して群馬県みなかみ町まで辿り着きました。そして来る平成23年初夏(5月下旬)には、みなかみ町を出発していよいよ八木沢ダムに到着します。ダムの上流には登山道がなく、このダムが歩いて行ける最上流になるわけです。
利根川水源まで踏破したいのですが、そこは、岩登りあり、滝登りありの難コースで、山男の世界です。水源の大水上山には裏側の新潟県側からの登山になりますので、それは、今でも登山をしているメンバーが代表して登ることになります。
八木沢ダムまで踏破した後は、水上温泉で祝賀会を開催します。
そのときは、皆様にお声をおかけしますのでお祝いに駆けつけてくださいね。
第1回からのその時々のエピソードは連載でお届けする予定です。お楽しみにお待ちください。
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HP委員としての抱負(8組 川村浩一)


東福寺にて
川村浩一です。あけましておめでとうございます。

ITには疎いのに「HP委員」に指名され困惑も感じましたが、逆に苦手を得意に変えるいいチャンスと頑張るつもりです。みんなでいいホームページを作っていきましょう。
 
簡単に自己紹介させていただきます。

モットー:時代と並走する。
(時代をリードする器ではありませんが、時代遅れにはなりたくありませんね。パソコンくらい使いこなせるようになりたいと思います。)
経  歴:1年5組(担任、杉野先生)、2年8組(担任、渡辺先生)、3年8組(担任、杉野先生)。ちなみに中学は大正西です。
高校卒業後の経歴や現在なにをしているかは
京都の中小企業診断士活動ブログ
http://www.kyoto-sindan.com/
をご参照ください。
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HP委員としての抱負(8組 塩野憲次)

8組杉野クラスに在籍していました塩野憲次です。

1年2年は難波先生に担任していただきました。難波先生とはちょっとした葛藤があり、心晴れない日々を過ごしましたが、今にして思えば当時は親の心子知らずだったと反省しています。
クラブは歴史部に所属し、クラスよりもクラブの活動を楽しみました。夏休みの宿泊旅行、近郊の史跡へのバスツアー、文化祭の展示などの思い出があります。
写真は3年の秋の体育祭の仮装行列のスナップで最近みつかったものです。右に映るは 原清明君で、左が私ということですが自分の姿とはどうも思えません。すっかり忘れていたのですが、何か切腹するところがあってその時懐から赤い布切れを取出して血を流すシーンを演出したことを脈絡もなく思い出しました。
原君扮するは猿飛佐助なりと写真の裏にメモがあったこと、切腹シーン等から大坂城 落城の一幕だったのでしょうか。とすれば左の女装は千姫のつもり?いえどう見ても 腰元ですね。淀君や千姫はいったい誰が装ったのでしょう。
抱負を書くようにとのことでしたが、抱負を語るには余りに無知無経験に過ぎます。 出来ることは何でもやるつもりですが、手探りの状態です。
この12期の広場がどのようなもので、どのように活用されるのか、作業に参加しつつ 皆さまと同じ目線で見守っていきたいと思っています。
ところで委員が8組に偏りすぎています。どなたか代わってください。

市岡高校 東京12期会 設立経緯


投稿者 山田正敏(8組)
 12期全体同窓会が市岡高校卒業以来25年、昭和60年(1,985年)に大阪東急インで第1回が開催された。当初5年毎と言う事であったが第4回(2,000年)を境に後は2年毎になった。(その後、現在第9回まで開催している。)
 東京に於ける飲み会等の集まりといえば、全学の「東京市岡会」出席者を中心に数人と飲み会をもよおした事がある。又、野球部が甲子園の選抜出場(過去2回)が決まった時に有志20名程度が参加して野球部の健闘を祈り、祝杯を挙げたりした。その他、1組~3組でゴルフをしたり、5~6人で忘年会をするぐらいであった。
12期全体同窓会の開催が2年毎になったのを契機に、東京でも12期会を開催したいと考え、大阪から送って貰った名簿から関東在住者をチェックしたら50名強のメンバーがいる事が判明した。そこで平成13年(2,001年)11月に横浜中華街で忘年会を兼ねて「市岡高校東京12期会」設立の打合せをした。出席者は男子ばかりではあったが12名であった。
 

第1回東京12期会(平成15年11月7日設立記念)
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