12期の広場
2016年12月1日
毎年帰国されている山本久美子さん(旧姓 古荘、5組)が今年もカナダから帰って来られました。毎年、1ヶ月以上の休暇をまとめてとられるそうですが、うらやましいですね。
例年8月の暑い時期に帰ってこられていましたが、今年は10、11月。日本の秋を満喫していただけたでしょうか? 休暇前半はあいにく暑い秋でした。同窓会が大阪で10月16日にありましたが、残念なことに帰国後の忙しいスケジュールに合わず出席は叶いませんでした。
そこで張君の骨折りで11月5日の土曜日に山本さん歓迎の食事会。場所は梅田・マルビルの「たなごころ」に山本さん含めて12人(ちょうど広島出張中の東京の泉君が飛び入り参加)が集結。(田端君が抜けていますが下の写真をご覧ください。)
左から末広君(8組)、酒井君(4組)、塩野君(8組)、川村(8組)、柏木さん(旧姓 後藤、7組)、木本さん(旧姓 勝原、7組)、段中さん(旧姓 高田5組)、山本さん(旧姓 古荘)、古藤さん(4組)、泉君(5組)、撮影は張君(7組)です。


田端君(7組)も参加して薀蓄をたっぷり聞かせていただきました。
食事会の「たなごころ」と地下の喫茶店での2次会の4時間ほどおしゃべりを続けました。

あと、嵐電・阪急で祇園に。祇園のお店で食事。4時間も何ということなくおしゃべり。
さらに次の日、7日(月)は京都グランヴィアホテルのロビーで仲良し3羽ガラスの山本さん、柏木さん、倉森さん(旧姓津田、5組)が3時間おしゃべりされたそうです。さぞ、にぎやかだったことでしょう。
来年も山本さんが帰国されると思います。ミニ同窓会に皆さんご参加を。
2011年に「12期の広場」を始めて以来の山本さん歓迎の記事、ご参考までに挙げておきます。
( )内は筆者です。
2011年10月「私の一時帰国」(古荘さん)
2012年10月「古荘さんを囲んで」(HP編集委員)
2013年10月「古荘さんの里帰り」(川副君)
2014年10月「古荘さんの里帰り食事会」(HP編集委員)
2015年10月「山本さんを囲んでの食事会」(HP編集委員)
2016年12月1日
- 高いつもりで低いのは、 教養
- 低いつもりで高いのは、 気位
- 深いつもりで浅いのは、 知識
- 浅いつもりで深いのは、 欲の皮
- 厚いつもりで薄いのは、 人情
- 薄いつもりで厚いのは、 面の皮
- 強いつもりで弱いのは、 根性
- 弱いつもりで強いのは、 我
- 多いつもりで少ないのは、分別
- 少ないつもりで多いのは、無駄
高尾山に登って城山を縦走して下山したときに、ふと立ち寄った田舎の喫茶兼食堂で見た言葉です。老夫婦が営んでいる派手ではないが清潔感のある食堂でした。
何気なく食器置き場の隅っこに人知れず「つもり十条」が貼ってありました。それは私が座った位置からだけ見える場所でした。
誰の言葉なのかなぁ。ご自分の作かなぁ。と考えながら下山後のビールを飲みました。勘定をお願いしてお釣をいただくときに、両手で包み込むように返してくれました。
笑顔で「有難うございました」と言われたときは心温まる思いでした。
ただ貼ってあるだけではないんだなぁ。実践されているんだなぁ。いいご夫婦だなぁ。
山は快晴、ビールもよく効き、最高の気分で車中の人となって帰路につきました。
(世間知らず)
《追伸》
今回投稿しようと思ってネットで調べてみたら既にありました。
「つもり違い十条」というタイトルでした。また、「・・・・は」ではなく「・・・・が」でした。
そのほかにも、四十箇条もあるのには驚きました。しかし、老夫婦が営んでいた食堂ではじめて見たときの感動には及びません。
ここに四十箇条も載せておきますので、味わいのある言葉をお楽しみください。
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はじめの10箇条は東京・奥多摩の高尾山には真言宗智山派の大本山である「薬王院」があり、そこに「つもり違い十ヶ条」という看板があるそうです。
2016年11月1日
『うらを見せ おもてを見せて ちるもみじ』(良寛)
今月号の「12期の広場」は「2016 大阪府立市岡高等学校12期生同窓会」の記事です。10月16日に開かれた同窓会は、幹事役を担った筆者が言うのもおこがましい感じですが、大盛会でした。
何より、田中順三先生、福井金治先生のお二人の恩師と67名の学友たちが元気に集えたことが大きな喜びです。初めて参加された方(6組 庄村嘉紘君 )や久しぶりの参加になる方が多くおられ、同窓会は盛り上がりました。
また、当然と言えば当然ですが、今同窓会ほど、老境にあることが強く意識されたことはないように思っています。「今回の参加が最後かもしれない」、「会いたい友の顔を見たい」と参加された学友が多かった事や、貼り出された「出欠返信用ハガキ」の近況報告や、プロジェクターに映し出された学級写真をくいいるように見つめる姿が一際、印象的で、握手をし、肩をたたき合い、寸暇を惜しむように話に興じる姿が会場のあちこちで見受けられました。そしてその語らいも、男子も女子も、時間も空間も飛び越えての親しく濃密なものであったようです。北海道の札幌から参加された黒田昌男君は「懐かしい顔、顔とめぐり合い、沢山の仲間たちと語り合い、高校時
代にフラッシュバックした感覚になりました! 気持が若返り、元気になった気持でいっぱいになっていました!あっという間の6時間でした!幸せな気持になって帰ってきました」とメールを送ってくれました。
同窓会に参加された67名学友は勿論のこと、体調不良で参加できなかった同窓会常連の学友、そして盛会を祈ってくれたすべての同期の学友、母校を卒業し56年を経て後期高齢者領域にあっても母校と12期同窓会に寄せる想いは熱いものがあるようですね。
今同窓会では入学者の定員割れに伴い、母校の存続問題が浮上しているとの報告があったのですが、これは多くの参加者にとって、晴天の霹靂のショックでした。市岡高校は創立115年の歴史と伝統に培われた学び舎であり、卒業生の私達にとってはよって立つところのかけがえのない母校です。在学時を含めて60年の今、市岡の自彊・質実剛健の伝統とすばらしい恩師や学友にめぐり会ったことの僥倖を、しみじみと実感しています。そしてその母校の存続と発展を願う気持ちが強くなるばかりです。
さて今月号の「12期の広場」ラインアップは次の通りです。お楽しみ下さい。
1. 「2016大阪府立市岡高等学校第12期生同窓会が開かれました」
2. 「近況短信 2 」-同窓会出欠返信書から-
3. 「2016同窓会の写真あれこれ」
2016年11月1日

今回集われた方々は、先生方は福井金治先生、田中順三先生のお二人、同窓生67名で計69名でした。
本会を始める前に、嶋田ハル子さん(3組)を講師に迎え、「高齢者の体力つくり 元気塾」と題して講演をしていただきました。私たちは後期高齢者と呼ばれる年齢になり、加齢がもたらすカラダの変化(膝痛、腰痛等)を誰もが感じていましたが、「こうすれば筋力を高めることができ引き締まった体をつくると共に、体内の代謝機能を高め肥満や生活習慣病の予防になりますよ。」と元気づけられました。

開会に先立って、司会を担当された清水誠治郎・鈴木(旧姓酒井)政子ご両人から2年前の同窓会から今回までに亡くなられた7名の方々、北村 彰一先生、2組の中尾 澄子さん、3組の長谷川 修さん、4組の吉岡 宏さん、川合 兵治さん、5組の川西 庸雄さん、7組の児嶋 雄二さんを悼み、起立して黙祷を捧げました。
司会者の開会宣言の後、酒井八郎代表幹事が開会の挨拶をされました。
酒井さんは、いきなり「ぼくらはみんな生きている」と歌い出し、「生きているから、今日これだけの人が参加して下さいました。ありがとうございます。」と話し始められました。長い間、一緒に同窓会の写真を撮り続けてくれた川西君の突然の死があって、この冒頭の言葉になったようです。

また会の途中で、同窓会前の幹事会で全体同窓会の佐藤会長(8期)から市岡高校の入学者定員割れに伴う存続問題とそれについての全体同窓会の対応について話があったことの報告が酒井代表幹事からありました。
今回ご臨席いただきました恩師は、田中順三先生と福井金治先生でした。恩師を代表して国語を教えていただいた田中順三先生にお言葉をいただきました。田中先生は、現在私たちより10歳年上の85歳、数年前に、大腿骨を骨折されたとのことで、その後歩行のリハビリをされていますが、杖をついてゆっくりしか歩けないと言っておられました。
乾杯のご発声は福井先生にしていただきました。福井先生は27期生の同窓会が3時からあるとのことで直ぐご退席なさいました。乾杯のご発声だけにお越し願ったようで申し訳なかったです。
司会者の清水さんから、「それではみなさんどうぞごゆっくりご歓談ください。料理と飲み物は十分ございます。」と告げられ、懇親パーティーが始まりました。
30分程して、恩師からの返信を酒井代表幹事が報告されました。吉田安雄先生は、現在入院中で奥様のお話ですと、看護師さんをつかまえては「この子、市岡の教え子や」と話されるそうで、実際とはちがうのですが頭の中は市岡高等学校のことだけのようですと言っておられました。
御前保子先生は、90歳の大台にのり、やはり健康第一と思っていますが足元が不如意のため欠席させて頂きますとのことでした。
今回も、遠方より友来るで、北海道・東京・神奈川・名古屋等々、大阪まで駆けつけてくださいました。泉君は同窓会の2次会までお付き合いいただき、その後、羽田発の深夜便でヨーロッパへ飛び立たれました。
北海道にお住まいの黒田昌男さんから「生活体験発表」と題して20分間ぐらいお話いただきました。

その中でも、半年かけて世界を旅する「オーシャン ドリーム」の話に時間を割かれました。この旅は、観光だけではなく、ゆったりした船旅で新しく多くの仲間ができたこと、特に、シニアーは黒田さんとあと一人で、他は若い人たちが20数人であったとか。「仲間がいること」若者たちから元気をいただいたとのことでした。「生きる」ことに大いに影響を及ぼしているのですね。
沖縄の辺野古では、基地建設反対運動にも参加、カンボジアでは地雷撤去の現状にも立ち会ったとのこと。世界では不発弾が1000万弾残されているらしく、カンボジアには200~300万弾が残っている。戦争の悲惨さですね。
マダガスカル島では大きな木の幹、その木の幹の周囲は、大人が7人ほど手をつないで測れるほどの太さであったとか。その木も地球温暖化の被害を被っていると話されました。そのほか、ネルソンマンデラ氏が収容されていた監獄とか、リオのカーニバルでは1チーム2000~3000人の人が踊っていたダンスとか南極大陸へ大きな船からゴムボートで島に渡った経験などを紹介された。
懇親会も半ばであの人とも話したい等でいろいろと人の動きもあり、益々盛り上がってきました。限られた時間内で旧交を温めるにはあちこち動かれるのも理解のできるところでした。そのために、同窓会の返信はがき、物故者一覧表を会場北端のホワイトボードに掲示しましたが、その場所にも多くの人が集まっておられました。

榎本進明さん、辻紘一郎さん、
中柴方通さん、杲田慶子さん、
小野義雄さんが紹介され、スピーチしていただきました。スピーチの間、コルセット姿で参加された榎本さんが提供して下さった、東京12期会活動の写真が映像で映し出されました。
次に、昨年2月から今年1月まで私たちのホームページ「12期の広場」に石井孝和さんの「想い出を綴る」が連載されましたが、その連載を終えてのお話もうかがいました。今回参加されませんでしたが、高知県で活躍しておられる金本美智子さんが作詞されたCDが酒井代表幹事から紹介されました。
2011年の元旦から開設された「12期の広場」も12月で丸6年になります。これまで「12期の広場」を通して12期の仲間の交流が広まり深まってきています。HP委員の張志朗さんから呼びかけがあり、みんなで作る「12期の広場」にしていくためにもご投稿をお待ちしていますとのことです。
閉会前にみんなで校歌を3番まで声高らかに歌いました。時々歌詞を忘れている部分は、配布された歌詞カードを見ながら頑張って歌っていました。

北浦さんは、「ここ数年日本列島は北海道から九州まで天変地異のトラブルが多くて苦しい時が続いていますが、今日は『みおつくし日和』でほんとうに嬉しい一日になりました」と話しはじめられ、恩師の先生方や遠来の学友をはじめ、心あたたまるスピーチをしていただいた方への感謝と卒業56年まで続く同窓会の素晴らしさに触れて次回「『またくるぞ、絶対に』と約束して下さい」と結ばれました。
今回、挨拶で詠まれた短歌を次に紹介します。
十代の 三年間を 共にした 市岡十二期 今日(いま)また青春
十二期の 同窓会こそ 宝物 あの三年間を ぎゅっと抱きしめ
東から 西から集い みをつくし 今宵咲く花 皆美しく
時節(とき)は秋 なつかし笑顔の 揃いぶみ 恩師に感謝の 六十七名
四年後の 十二期会こそ メモリアル 是非とも元気で 東京五輪
閉会後も名残が尽きない同窓生が1階の2次会ルームに三々五々集まりました。話し足りなかったのか、席に着くなり飲み物も運ばずに話し出す始末でした。2次会参加者は50名以上おられました。

カラオケタイムもありましたが、機器の調子が悪く司会者が困っておられました。それでも、女性軍は高等学校時代の合唱コンクールで優勝した曲を指揮者付きで再現されました。
各テーブル、顔を突き合わせるように話し込む熱気の中、副代表幹事の段中文子さんから、二年後の再会を願っての閉会の挨拶があり、午後7時前に無事、散会となりました。
2016年11月1日
「幹事の皆様、いつもお世話になりありがとうございます。私事ですが、今年金婚式を迎えて、息子達に御祝いをしてもらいました。後期高令者免許更新講習会に、暑い中行ってきました。車の運転もいよいよお別れかなと思いました。初めて関電病院に頭のMRIを取りに行ってきました。まだ大丈夫のようでした。体も頭も衰えが目立つようになってきました。毎日、ししゅう、編み物、パッチワーク、ソーイングと針仕事に頑張っています。好きなことをしていると一日がアッという間に過ぎてしまいます。」
1組 安田 淑子(旧姓 池永)(京都府在住)
「いつも御世話さまで御座います。10月16日は丁度主人の三回忌と重なり残念乍ら欠席させて頂きます。生前介護が続き中々出席できず今度こそはと思っておりましたのに残念です。御盛会をお祈り申し上げます。」
1組 荒川 安子(東京都在住)
「東京にきて一年半が過ぎました。御近所の方、老人会の皆様方と仲良くなり、日々生活しています。諸用にて出席出来ず残念です。皆様によろしくお伝え下さい。」
2組 藤本 加奈子(旧姓 井堀)(兵庫県在住)
「昨年は2月にニース(8泊)9月にリヨンとパリ(各4泊)計8泊し町を楽しんで来ました。今年はテロも怖いし、外壁の塗装など何かと忙しく、残念がら欠席させて頂きます。」
2組 花田 紀代子(奈良県在住)
「幹事さん、長い間お世話を続けて頂き有難度うございます。市岡の卒業生であることを誇りに思わせていただいております。来る年には体調もしっかりと自信がつくと思います。皆様楽しいひとときを過ごされますように。」
3組 松村 勝二郎(兵庫県在住)
「最近は苦労しつつ英国軍法史を少しづつ学んでいます。ご盛会をお祈りします。」
3組 嶋田 ハル子(旧姓 杉山)(奈良県在住)
「3月にトリム体操研究会代表を引退し、ホッとしようと思ったのにですが、逆に(何故か)目のまわるような忙しさになりました。」
4組 栗林 祥子(旧姓 小畑)(大阪府在住)
「お返事、遅くなりました事をお詫びいたします。いつも同窓会のお世話、有難うございます。いろいろ家庭の事情で迷っておりましたが、古藤さんからの電話で懐かしく、やっぱり皆様にお会いしたいと。よろしくお願いいたします。」
5組 梶 英子 (大阪府在住)
「幹事団の皆様、御苦労様です。残念ながら他行事と重なり参加できません。体は部品があちこち劣化していますが、まだ旅と山を楽しんでおります。楽しい集いになりますように!」
6組 片山 逸雄 (大阪府在住)
「すべてが鈍り、我ながら老いを意識せざるを得ません。しかし、もうしばらくマレーシアに長期滞在し、ゴルフやテニスを楽しむつもりです。この日は出席できそうです。よろしくお願いします。」
7組 伊東 慎一郎 (兵庫県在住)
「同窓会に参加するのを楽しみにしていたのですが、腸閉塞(今年2月)の回復手術のため入院中となり出席できず、残念です。幹事の皆さんのご奮闘に感謝するとともに盛会を祈ります。」
8組 榎本 進明 (神奈川県在住)
「9月の診察でギプスがとれると思っていたのが、とれなかったので、ギプスをしたままでの参加となります。少し気が重いのですが、痛さはなくなったので楽です。皆様とお会い出来るのを楽しみにしています。」
8組 田中 博之 (兵庫県在住)
「まだ元気に働いています。同窓会へのお誘いありがとうございます。この間、業務の都合で出張中の為、出席できません。悪しからず。」
8組 村崎 裕昭 (神奈川県在住)
「無理できませんが、日常生活は、そこそこ元気にやっています。トレッキング程度はやりたいのですが、心臓への負担が大きく、思うように出来ないのが残念です。」
8組 稲田 紘 (大阪府在住)
「脊髄炎のため、昨秋退院してこの春頃まで車椅子状態でしたが、最近では片手杖で外出できるようになりました。しかしリハビリ中につき、今回の同窓会は欠席させていただきます。盛会を祈念いたします。」
2016年11月1日
今月号の広場は同窓会記事が中心です。ラインアップをはじめ、各記事にできるだけ多く写真を貼り付けようとしましたが文章とのバランスもあって、撮った写真の数に比べると十分ではありません。そこで、ここに20枚の写真を追加して見て頂けるようにしました。
お楽しみ下さい。
2016年10月1日
母校、大阪府立市岡高等学校を1960年に卒業して56年、同窓会を始めたのが、1985年の昭和60年ですから、31年になります。いまや全員が後期高齢者、またはその直前です。同窓会出欠返信はがきに「外出すると周囲から親切にいたわっていただくことが多くなりました」(2組、峰松幸子さん)とありました。外見は勿論のこと、体力、気力、知力、どれをとっても「立派に」老境にありますが、今や同窓会は12期生の人生カレンダーの一つ、やはり心浮き立つものですね。
北は北海道から南は九州まで、全国の学友から出欠返信書が返ってきており、そこになつかしく、心温まる近況とメッセージがしたためられていました。
同窓会の代表幹事である酒井八郎君は「後期高齢者の年の同窓会。何人集まるやろうか。みんな元気でいてほしい。お一人でも先生方のご臨席を願っています。2年に一度であっても、やっぱり顔を会わせて話すのが一番。」と書いています。いつもの変わらない、熱い気持ちにすなおに頭が下がります。
近況メッセージは長いもの、短いものとさまざまで、どれを読んでも心に響くものばかりです。「元気で田舎暮らしをしております。」「山登りを始めました」「ディサービスで遊んでいます」など、ただ一行のコメントにさえ、友の確かな生活へのイメージと共感が一気に膨らんで、うれしくなります。
今同窓会では、遠く北海道札幌から駆け付けてくれる3組の黒田昌男君はじめ、60人を越える学友との再会があります。 さらに恩師の田中先生(現代国語)、福井金治先生(保健体育)もご臨席いただけるようです。先月号のラインアップに「どんな新しい物語を紡ぎだせるかなどと、ちょっと力んでしまいます」と書きましたが、その力みは日を追ってさらに強くなっているようです。
8組の八島平玐君、1組の八島節子さんご夫妻が「出会いより別れが多くなってきて複雑な想いです。」と書いています。残念ながら返信用はがきに同窓生の訃報を知らせるものもありました。3組の長谷川修君、7組の児嶋雄二君、5組の川西庸雄君が亡くなっておられます。心からのご冥福をお祈りいたします。特に11回にわたる同窓会の写真を一手に引き受けて、会場内を動き回っていた川西君の姿が、今回の同窓会にはありません。寂しい限りです。
また喉頭ガンで「声を失いました」とのつらい知らせや、命に係わる心臓の手術を終えて入院中の友もいます。加齢に伴う体の変調は「老いに向き合う」事の厳しさを痛感させ、他人ごとではありません。
鬼籍に入った学友やいろんな事情で参加できない学友の想いをあわせ、今回も同窓会を楽しく、意義深いものにしたいと思っています。
さて「12期の広場」10月号のラインナップです。二編のみですが、お楽しみ下さい。
1. 「 近況短信 」- 同窓会出欠返信書から - 」
2. 「 『リレー投稿』 - つれづれに - ④ 」
2016年10月1日
1組 鈴木 政子 (大阪府在住)
「10月10日に社交ダンスのデモにワルツを踊ります。現在、ボケ防止の為、健康麻雀にカラオケにと楽しんでいます。」
1組 高橋 三和子 (大阪府在住)
「夏バテしないように気をつけています。屋外での運動、リズム体操、お稽古ごと等。皆様にお会いできる事を楽しみにしております。」
1組 文屋 久子 (福岡県在住)
「九州にきて10年。今回は是非出席したいと思っておりましたが、残念です。またお目にかかるのを楽しみにしつつ。齢を考えると無理かな。でも望みをもって前進、前進。」
2組 吉岡 佳子(大阪府在住)
「幹事の皆様、お世話になります。私は、地域のボランティア、日舞、グランドゴルフ、マージャンetc、相変わらず元気にしております。当日、よろしくお願いいたします。」
2組 峰松 幸子(大阪府在住)
「後期高齢を迎え、体力、智力、衰え盛んです。外出すると周囲から親切にいたわっていただく事が多くなりました。」
2組 久保 幸子(大阪府在住)
「いつも幹事さん、大変ごくろうさまです。未だ、出席出来る幸せを嬉しく思っております。皆様にお会いし、元気をいただけるのを楽しみにしております。」
2組 藤居 くみ(滋賀県在住)
「毎朝5時に起きて近くの長等山(370m)に登っていますので元気に過しています。」
3組 鈴木 毅(山梨県在住)
「ドイツの化学品メーカー、BASFを定年退職して以来14年間、その商社に勤務しています。今期が最後になると思いますが、楽しく頑張っています。」
3組 今堀 良一(大阪府在住)
「毎回通知を戴きありがとうございます。ここ2~3年の間に体調不良にて苦労しております。
永六輔、カシアスクレイといった著名人も同様の病であったそうで、凡人たる人生も彼らを手本に頑張っています。未だ口ばっかりが達者な老人であります。」
3組 黒田 昌男(北海道在住)
「久しぶりの出席となります。仲間達との再会を楽しみにしています。」
3組 峯 エミ子(大阪府在住)
「残念ながら町会の行事と重なって欠席します。私は毎日スポーツクラブ、老人会の行事と張り切っています。娘家族と同居していますので、忙しくもやりがいを感じています。」
4組 進藤 司(兵庫県在住)
「この夏は特に暑さが厳しく感じられましたが、8月に立山縦走を平均年令72才のグループ8名で行ってきました。日頃は相変わらず近所の石切山(284m)へ、仕事として登っています。同窓会を楽しみにしています。」
4組 前川 光永(大阪府在住)
「週4日間、ボケ防止のため頑張っております。」
4組 寒川 詔三(大阪府在住)
「前期高令者として『まだできる、もうできないの分岐点』を味わっています。今年度中にゴルフコンペを同期の皆さんで行いたいですね。誰か音頭とってちょー!!(私は来年3月に後期高令者になります。)同窓会の当日は蛍池聖者教会での聖日の諸行事や役員会での働きなど一日中、ご奉仕ががあり、残念ですが、欠席します。」
4組 福積 康光(大阪府在住)
「昨日、今日の暑気が衰えて、子規の原句“涼しさや人様々の不恰好”を“嵩張りて人様々に荷厄介”と作り替えて、時々反省したりしています。先週は斑鳩を巡り“柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺”
“渋柿や馬鹿の薬になるまいか”柿好きの子規を笑いました。しかし隣の中宮寺の半跏思惟像に一寸しーんとしました。」
4組 藤田 勝利(大阪府在住)
「残念ながらアメリカへセンチメンタルジャーニーを予定しており欠席します。首の後部にコブができ、生まれて初めて身体にメスを入れて取り除きました。年相応に老化が進んでいます。」
5組 坂口 明 (兵庫県在住)
「71才で仕事を辞めてから始めた囲碁、健康のために続けているゴルフ、そして7人の孫達の成長が今の私の楽しみです。もう一つ。40年来のフアンである広島カープの優勝です。」
5組 高橋 津奈子 (兵庫県在住)
「朝5時に起きて夜9時に寝る。ずっとそんな生活です。家のネコ2匹とのらねこ3匹にエサをやり、安らいでいます。75才になり、足の筋力が弱くなりました。お世話さまです。」
5組 段中 文子 (大阪府在住)
「今年の夏の暑さに少々うんざりしながら、たまに水彩画を描いたりしています。早く同窓会の秋がきて、皆さんとお会いする日が来るのを待っています。」
6組 松田 修蔵 (大阪府在住)
「ヒザが痛みます。注射をしてもらっています。家事で洗たく物を担当させてもらっています。」
6組 久保 武治 (奈良県在住)
「同窓会のご案内ありがとうございます。8月の始めに暑さもあって、心臓を中心に体調不良を起こしています。長らく、数十年、テニスをやり過ぎて体から大目玉をくらった感です。この所、療養に努めていますので今回はパスさせて頂きます。盛会を祈ります。」
7組 秋田 実 (兵庫県在住)
「大学の同窓会が続くため、欠席させていただきます。家庭菜園(200m2)で自給の野菜づくりと地元の土地改良区の知恵袋(事務局)として経験を生かし、毎日を楽しく(?)忙しく暮らしています。加齢による体力の劣化には逆らえませんが・・・。」
7組 田中 健治 (福岡県在住)
「弱体ですが、元気です。毎日、地域の軽い、力のいらない人の世話ボランティアしています。人と人との付き合いで元気をもらっています。皆様も、元気でお過ごしください。」
7組 橋本 豊 (東京都在住)
「同窓会の件では色々とお世話頂き、ありがとうございます。2020年東京オリンピック開催までは元気で過ごしたいと思っています。幹事の皆様もお元気で。」
7組 柏木 赫子 (三重県在住)
「いつもいつも、お世話になり有難うございます。元気ですが、根気、気力、体力の減退は否めません。当日を楽しみにしております。」
8組 辻 紘一郎 (広島県在住)
「力まず、はしゃがず、嘆かず、くさらず、おごらず、目標達成までゆっくりと急ぎます。」
8組 山田 正敏 (千葉県在住)
「10月は福祉センターの文化祭、後半は陶芸クラブの作品展。小生、作品展示責任者としてどうしても時間がとれず、欠席します。8月22日の月曜日、圓尾のグループの作家展を鑑賞。絵はわからなかったが、後で皆と飲んだ酒は美味!榎本、平松、森重、小野(名古屋から)、圓尾と小生が同席。時まさに台風の真っただ中でした。」
8組 椎間 賢一 (奈良県在住)
「今春、前立腺の手術を受けた。医者と薬は用心して付き合いましょう。まかせっきりでは大変なことになりかねません。」
8組 八島 平玐 (奈良県在住)
「出会いより別れが多くなってきて複雑な想いです。」
2016年10月1日
もともと、太陽と地球の位置関係で言えば、夏はその距離がもっとも遠くなるはずである。調べてみると北半球では確かにそうである。しかも、冬至に比べて太陽との距離は、約600万kmも遠い。(地球一周の150倍)
太陽がそんなにも遠くにあるのに、何故夏がこんなにも暑いのかと素朴に思ってしまうのだが、これについてもインターネットにはQ&Aがあふれている。思わず読み込んで行く。しかし老化した頭脳ではその殆どが記憶に残らない。ただ、600万kmの距離差は地球の平均公転半径、約1億5000万kmの4%弱程度でその影響は小さく、むしろ学校でならったことのある太陽の南中高度がその大きな要因であることだけは、確認出来た。南中高度が高くなると太陽の光を真上から受けることになり、低くなるとそれを斜めから受けることになる。またそれによって日照時間の長短が生じるのである。したがって南中高度の高い夏はその受熱量が大きくなり、加えて、日照時間の長さや夏至(6月21日)からの地熱の蓄積などの影響が重なって、尤も暑くなるという。具体的には夏至の南中高度は概ね78°で、それが冬至の頃には30°程度にまで下がるのである。
私は郊外の比較的小さな団地に住んでいるが、気が付いてみれば、日影も随分と長くなつた。また部屋内の深くまで入り込む日差しも、澄明さに加えて穏やか。8月のそれとはまったく異なる。日本の10月に涼風が吹き、事物と人の情緒さえもが日を追うごと秋色に染まるのも太陽の南中高度が低くなることによると、今更ながらの納得である。
身近なことで言えば、窓から見える真夏の団地住宅は、陽の光を浴びて平面的に白く光るばかり、人の住む気配すら消し去っているようであったが、今は、その姿に陰影が出来てなんとも懐かしく、人心地がして暖かい印象を与えてくれる。明らかに日差しの傾きとそれが作る影のせいなのである。
日本の自然にはかけがえのない独特の四季がある。またそれに育まれた固有の美意識をはじめ奥深い精神文化や繊細な情緒が、日々の生活に根をおろしている。
これらの大本が、地球と太陽の位置関係にあると考えれば、南中高度差、約50°の移ろいの妙には、ただただ感嘆するばかりである。
歳をとって、夏と冬、とりわけ今年のように「猛暑の夏」との折り合いに苦労しているのは事実、だからと言って頭上の烈日を愚痴ってばかりあってはならないと神妙になるのだが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」凡人、これも、酷暑をやり過ごしたからの感慨かも知れないと、少々、面映ゆい。ただ、この頃になってようやく、この秋を想い、しみじみとした心情になって一息ついた事だけは間違いないようである。
2016年9月1日

そんな中、リオデジャネイロオリンピックのテレビ放映は、よく見ました。
日本選手の健闘や大活躍に、深夜であることを忘れて拍手喝采。なににもまさる感動と元気の素になりました。結果としての史上最多41個のメダル獲得は、称賛にあたいすると喜んでいます。また日本をはじめ世界のアスリートのひたむきな姿から、あふれ出る素晴らしい物語をかいま見たようにも感じています。
今回のオリンピックを指して「人間臭いオリンピック」と評したコメンテーターがいました。また、日本選手団の帰国記者会見でも「人間力」との言葉が聞かれました。リオオリンピックを見て、初めてのように強く感じた私の感慨とも重なり、腑に落ち、4連覇をめざした吉田沙保里さんのお母様が「私の宝です。人間です」とおっしゃったのにはおもわず目頭を熱くしてしまいました。
7日からリオパラリンピックが開催されます。またどんなドラマと感動を目の当たりにできるのかと楽しみにしています。
さて「12期の広場」今月号は大阪での同窓会の関連記事がトップです。またタイミング良く萩原君が市岡東京12期の皆さんの近況について書いてくれました。
すでにそのほとんどが後期高齢者になる私達ですが、「市岡健児の意気」だけは高いようです。2年ぶりの同窓会での再会を通して、どんな新しい物語を紡ぎだせるかなどと、ちょっと力んでしまいます。
「12期の広場」9月号のラインアップは、次の通りです。お楽しみ下さい。
1.「2016 12期同窓会のご案内」
2.「同窓会の案内状を発送しました。」(幹事会の報告)
3.「2016・夏・市岡東京12期」 8組 萩原 貞雄
- 「同窓会ホームページ・名簿システムをリニューアルしました」について
林芳子(リム パンジャ)さんより: - 「ひろばリバイバル」について
川村 浩一さんより: - 「市岡高校18期生同窓会」について
堀義昭さんより: - 「【高37期】2024年市岡高校37期生同窓会のご報告」について
中間 實徳さんより: - 「市岡高校卓球部OB会「市卓会」 第27回会長杯卓球大会開催」について
水谷晴信さんより: